◇SH0319◇NHK、松戸簡易裁判所の判決を受けて控訴 坂本雅史(2015/05/20)

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NHK、松戸簡易裁判所の判決を受けた控訴

岩田合同法律事務所

弁護士 坂 本 雅 史

 NHKは、千葉県松戸市に居住する男性に対して放送受信料の支払を求めていた裁判について、松戸簡易裁判所が4月15日にNHKの請求を棄却したことを受けて、同月28日に控訴をした旨を発表した。

 事件の詳細は不明であるが、共同通信社など報道機関の報道[1]によれば、この事件は、NHKが、千葉県松戸市に居住する男性に対し、平成15年3月に受信契約を締結したが同年4月から放送受信料が支払われていないとして、未払となっていた放送受信料約18万円の支払を求めたところ、同男性が受信契約は締結していないとして争っていたものである。松戸簡易裁判所(江上宗晴裁判官)は、平成15年3月に作成されたとする受信契約に関する契約書の筆跡が男性やその妻のものとは異なり、受信契約が締結されたものとは認められないと判断して、NHKの請求を棄却した。この判決についてNHKが控訴したというのが上記の発表である。

 NHKの受信料について、放送法は「協会(筆者注:NHKのこと)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」(64条1項本文)、「協会は、あらかじめ、総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ、前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない」(64条2項)と定めている。

 この64条2項の規定にあるように、受信料は「64条1項の規定により契約を締結した者から徴収されるもの」である。すなわち、受信料の支払義務は、法律が定めたものではなく、NHKと受信機を設置した者との間に締結される受信契約によって発生する契約上の義務とされている。本件のように受信契約が締結されているかが問題となるのはそのためである。

 このようなNHKの放送受信料の支払をめぐっては、近時、多数の事件が裁判所に提起されており、様々な点が争われている。その中でも注目されるのは、受信契約の成立に関する二つの東京高等裁判所の判決であり、受信契約の成立にあたって裁判所の判決が必要か否かに関して判断が分かれている。このうち、東京高等裁判所の平成25年10月30日の判決(難波孝一裁判長)は、NHKの申込みから2週間が経過すれば自動的に受信契約が成立すると判断しているのに対し、同じく東京高等裁判所で同年12月18日に出された判決(下田文男裁判長)によれば、NHKの申込みによって受信契約が当然に成立するものではなく、NHKの申込みを承諾することを命じた判決が必要であると判断している。一つの訴訟の中で受信契約の申込みの承諾を求める請求と受信契約に基づく放送受信料の支払請求の両方を行うことができるため、訴訟提起をするに際しての実質的な差異は乏しいものの、前者の判決のように受信契約の成立に判決は不要ということになれば、NHKとしては、都度、訴訟提起しなくとも、受信契約を成立させて受信料の支払を求める権利を発生させることができるため、より徴収しやすくなると考えられる。もっとも、多くの下級審裁判例は、受信契約の成立のためには判決で受信契約の申込みを承諾する旨を命じなければならないと考えているようである。この点について最高裁判所の判断は未だなく、その判断が待たれるところである(末尾表に記載のとおり、従来盛んに争われていた消滅時効期間については、平成26年の最高裁判決によって決着が付いている。)。

 本件は、NHKと男性との間に受信契約が締結されていないとの判断を示したものであるが、個別の事件についての事実認定で決着がついたものであり、放送法について新しい解釈を示したものではないと考えられる。松戸簡易裁判所の判決が確定したわけではなく、今回のNHKの控訴により千葉地方裁判所が別の判断を行い、松戸簡易裁判所の判決が取り消される可能性もあることには留意する必要がある。
 

放送受信料に関する主な裁判例

主な争点

判断の内容

放送受信料支払義務の消滅時効

・放送受信料に関する債権は、年又はこれより短い時期によって定めた金銭の給付を目的とする債権に当たり、消滅時効期間は5年である。(最高裁平成26年9月5日判決)

受信設備を設置した者が受信契約を締結しない場合の受信料支払義務

・判決で受信契約の申込みを承諾する意思表示を命じる必要はなく、受信設備の設置者が正当な理由なく受信契約を締結しない場合は、NNKが受信契約の申込みを行ってから2週間が経過した時点で、当然に受信契約が成立し、受信料の支払義務が発生する(東京高裁平成25年10月30日判決)

・NHKは、裁判所に対して受信設備の設置者に対し、受信契約の申込みを承諾することを求めることができ、承諾を命じる判決の確定によって、受信契約が成立する。(東京高裁平成25年12月18日判決)

妻が受信契約書に無断で夫の名前で署名押印をした場合

・受信契約の締結は、日常の家事に関する夫婦の代理権(民法761条)の範囲内であり、妻が夫の名前で契約した場合であっても、夫は受信料の支払義務を負う(東京高裁平成22年6月29日判決)

 

(さかもと・まさふみ)

岩田合同法律事務所アソシエイト。熊本県生まれ。2009年熊本大学法科大学院修了。2011年判事補任官(東京地方裁判所)。2014年「判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律」に基づき弁護士登録。

岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/

<事務所概要>

1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。

<連絡先>

〒100-6310 東京都千代田区丸の内二丁目4番1号丸の内ビルディング10階 電話 03-3214-6205(代表) 

 
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