◇SH0391◇最二小決 平成27年4月8日 詐欺、証券取引法違反、金融商品取引法違反被告事件(山本庸幸裁判長)

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 金融商品取引法(以下「金商法」という。)166条は、いわゆるインサイダー取引を規制する規定であり、同条1項1号は、上場会社等の「役員、代理人、使用人その他の従業者」であって、当該上場会社等に係る業務等に関する重要事実をその者の職務に関し知ったものが、当該重要事実の公表前に、当該上場会社等の株券等の売買等をすることを禁止している。また、その違反についての処罰規定として、金商法197条の2第13号がある。
 被告人は、東京証券取引所第二部に株式を上場している株式会社の発行済み株式総数の4割以上の株式を実質的に把握して、代表取締役を含む多数の役員を同社に送り込み、同代表取締役との間で、「役員の人選と資本政策に関わる点については、事前に被告人に相談する」旨の取決めをしていたものであり、実際にも、同代表取締役は、おおむね2週間に1度の頻度で被告人と面談し、同社の役員人事、資本政策その他の重要な業務執行について、事前に被告人に相談してその了承を求め、被告人の意向に反する場合には、それに合わせるか、被告人を説得するなどしていた。また、被告人は、同代表取締役に対し、新規事業や増資、他社への出資等について提案し、その実現のための対外交渉や業務意思決定の会議に出席するなどして意見を述べ、自らの意向を業務意思決定に反映させるなどしていた。
 本件では、原々審以来、そのような被告人が、株式売買等を規制される「役員、代理人、使用人その他の従業者」のうち「その他の従業者」に当たるか否かが争われており、原々審、原審判決ともにこれを肯定した。これに対し、上告趣意では、要旨、「『その他の従業者』とは、上場会社等に対し職務を提供する義務を負う立場にある者や、実質的に役員、代理人、使用人に相当する権限を与えられ、これを行使している者に限られ、被告人のように大株主として会社経営を実質的に支配する地位にある者はこれに当たらない。」として、法令違反の主張がなされた。本決定は、これを受けて、金商法166条1項1号にいう「役員、代理人、使用人その他の従業者」の意義等について、職権による判断を示したものである。

 

 これまでに、金商法166条1項1号にいう「役員、代理人、使用人その他の従業者」の意義について判示した判例は見当たらない。もっとも、「その他の従業者」という語は、法令上、行政取締法規において、従業者の業務に関する違反行為につき事業主を処罰するいわゆる事業主処罰規定において数多く用いられているところ、法人税法(当時)のほ脱犯処罰規定(同法159条1項)や事業主処罰規定(同法164条1項)にいう「その他の従業者」の意義について、最三小決昭58・3・11刑集37巻2号54頁が、「当該法人の代表者ではない実質的な経営者も、法人税法159条1項、164条1項にいう『その他の従業者』に当たる」旨判示し、最一小決平23・1・26刑集65巻1号1頁が、「会社の代表取締役から実質的に経理担当の取締役に相当する権限を与えられ、会社の決算・確定申告の業務等を統括していた者は、会社から報酬を受けることも日常的に出社することもなかったとしても、法人税法164条1項にいう『その他の従業者』に当たる」旨判示している。「その他の従業者」の範囲については、これを規定する法律や条文ごとに、規定の趣旨を踏まえた個別の検討を要するが、上記各判例は、内部者取引規制違反の罪の解釈においても、一定程度参考になると思われる。
 なお、研究者や弁護士らによる金商法関係の文献を見ると、「役員、代理人、使用人その他の従業者」は、「会社の業務に従事するすべての者を含む。」とし、「役員」には当たらない顧問や相談役も「その他の従業者」に当たるとするものが相当数あるものの、他方で、「使用人その他の従業者」に当たる者として、アルバイト、パート、派遣社員といった使用人的な立場の者のみを例示するものも多くあり、本件被告人のような形態で会社経営に関与する者の該当性につき正面から論じたものは見当たらない。

 

 法令用語としての「その他の○○」は、「『その他の』の前にある字句が『その他の』の後にある、より内容の広い意味を有する字句の例示として、その一部を成している場合に用いられる。」(前田正道編「ワークブック法制執務 全訂」(2006、ぎょうせい)620頁)などと説明されており、この説明に当てはめれば、「役員、代理人、使用人」は、「従業者」の一部をなし、「従業者」の例示としての意味を有するものといえる。そして、その例示が「役員、代理人、使用人」という会社業務に従事する者を幅広く含むものであることからすると、「役員、代理人、使用人その他の従業者」とは、役員、代理人、使用人のほか、現実に当該上場会社等の業務に従事している者を意味すると解することが自然と思われる。
  また、金商法166条は、昭和63年法律75号(証券取引法の一部を改正する法律)により、証券取引法190条の2として新設されたものであり、その後、同条は頻繁に改正され、条番号も変わっているが、「その他の従業者」の解釈に影響するような改正はなされていない。そこで、同改正法案の国会審議をみるに、国務大臣による提案理由説明において、「証券市場の公正性と健全性に対する投資家の信頼を一層確保するため、有価証券の発行会社の役員等が、その職務に関し内部情報を知った場合等において、その公開前に当該有価証券の取引をしてはならないこととし、この違反に対して刑事罰を科することとした」と説明されている(第112回国会衆議院大蔵委員会議録14号19頁)。また、同改正の立法作業担当者は、改正法案提出に先立つ証券取引審議会報告書も踏まえ、同条1項各号所定の会社関係者を規制対象とした趣旨について、「これらの者は、それぞれ、上場株券等の発行者である会社と一定の関係があり、その地位、職務等により発行会社の内部にある未公表の情報であって投資判断に影響を及ぼすべきものを知り得る立場にあると考えられる人々である。このような立場にある者が、その職務等に関し、会社の業務等に関する未公表の事実を知り、その公表前に当該会社の上場株券等の取引をすることは、公表がされない限りそのような事実を知り得ない一般の投資家と比較して著しく不公平であり、証券市場の公正性と健全性に対する投資家の信頼を損なうこととなると考えられる。したがって、このような者の取引を規制することとした」旨説明しており(横畠裕介「逐条解説インサイダー取引規制と罰則」(1989、商事法務研究会)35頁)、これら条文について解説する多くの文献でも、同様の理解が示されている。このような「証券市場の公正性と健全性に対する一般投資家の信頼確保」という観点からは、業務等に関する重要事実を職務に関して知ったときに株式の売買等が禁止される内部者から、会社との委任契約、雇用契約等によることなく、事実上同会社の業務に従事する者を除くことに合理性はないと考えられる。
 なお、「従業者」の「従」という漢字は、語源的に「前の人のあとにうしろの人がつきしたがうさま」を表すもの(学研漢和大辞典)と説明されており、人との関係で使われる場合(「従者」等)には上下関係を含有しているが、「従業」というのは、人に従うことではなく、「業務に従事すること」(広辞苑、大辞林)を意味するのであるから、その言葉から、被告人のような会社に対し支配的な地位にある者が除かれると解されるものではないと考えられる。

 

 本決定は、金商法166条1項1号にいう「役員、代理人、使用人その他の従業者」の意義について、「上場会社等の役員、代理人、使用人のほか、現実に当該上場会社等の業務に従事している者を意味し、当該上場会社等との委任、雇用契約等に基づいて職務に従事する義務の有無や形式上の地位・呼称のいかんを問わない。」旨判示し、これを前提に、上記1のような形態で現実に上場会社の業務に従事していた被告人が、同号にいう「その他の従業者」に当たる旨判示したものである。条文の文言や内部者取引を規制する趣旨等から自然な結論と考えられるが、この点について当審として初めての判断を示したものであって、今後における内部者取引規制違反についての課徴金制度の運用や刑事事件の立件等にも影響し得るものであり、参照価値は大きいと思われる(なお、本決定は、平成20年法律65号(金融商品取引法等の一部を改正する法律)による改正前の金商法166条1項1号について判示したものであるが、同改正法による同条改正は、同条における「子会社」の定義につき若干の変更をしたものであり、本決定の判示事項に関係する改正はなされていない。)。

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