◇SH0396◇厚労省、労働契約法上の「無期転換ルール」への対応準備を呼びかけ 松田貴男(2015/08/17)

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厚労省、労働契約法上の「無期転換ルール」への対応準備を呼びかけ

岩田合同法律事務所

弁護士 松 田 貴 男

 

1.「無期転換ルール」とは

 「無期転換ルール」とは、平成25年4月1日施行の改正労働契約法第18条で認められた有期雇用労働者保護のためのルールの通称をいう。具体的には、ある労働者と使用者のもとで、平成25年4月1日以後に開始した有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合、その更新後の有期労働契約の初日から末日までの間に当該労働者が無期労働契約への転換の申し込みを行うことにより、使用者の承諾を要せず(使用者は申し込みを承諾したとものと法律上みなされる)、労働契約が期間の定めのない無期労働契約に転換されるという仕組みである。この無期転換ルールは、5年超を超えて有期労働契約を反復更新した労働者に対し契約期間を無期にするオプョンを付与することで、雇止めからの不安から解消することを目的とする。

 


<無期転換ルールの仕組み:平成25年4月から1年毎に有期労働契約が更新される場合の例>

2.5年到達前の雇止めの増加の懸念

 厚生労働省は平成27年7月30日、『労働契約法に基づく「無期転換ルール」への対応について』とのプレスリリースを発し、各企業における無期転換ルールへの対応に向けた準備を呼びかけている。この「呼びかけ」は、使用者に対して新たな義務を課したり、「無期転換ルール」に関する新たな行政解釈を示すという性質のものではなく、無期転換ルールのもとで初めて有期雇用労働者が無期転換オプションを取得できる時期(最速で平成25年4月1日の5年後となる平成30年4月)まで残り3年を切ったこのタイミングで、無期転換オプションの発生を懸念する使用者が有期雇用労働者の雇止めを活発化させるのではないかという懸念から、それを防止する目的で行なわれたものと推測できる。

 厚生労働省によれば、有期労働契約で働く人は全国で約1200万人と推計され、その3割が通算5年を超えて有期労働契約を更新しているといわれている。これらの有期雇用労働者を法的に保護するために導入した無期転換ルールの導入によって、無期転換オプションの発生を嫌気した使用者による雇止めがかえって増加することは、制度導入の意義を失わせることになり、なによりもこれらの多くの有期雇用労働者の地位をさらに不安定にする。

 そこで厚生労働省は、雇止めの増加を防止し、円滑に無期労働契約への転換が促進されるための支援策として、①積極的に無期転換への取組みを行なっている事例をWebページ上で掲載し企業と労働者の参考に供するという情報面での支援、及び、②有期雇用労働者を含めたいわゆる非正規雇用の労働者の正規雇用等への転換や人材育成策を実施した企業への助成金制度「キャリアアップ助成金」による金銭面での支援策を設けている。

 

3.「無期転換ルール」下での例外(無期転換オプションの不発生)

 現行の無期転換ルールの下でも有期雇用労働者の無期転換オプションが発生しないこととなる方策及びその留意点は以下のとおりである。

  1. (1)有期労働契約の更新拒否(いわゆる雇止め)とその留意点

  2.    有期労働契約の5年超更新到達前に使用者が更新を拒否する(雇止め)ことにより、そもそも有期契約労働者に無期転換オプションが発生しないことになる。
     しかし、雇止めが無期労働契約の解雇と社会通念上同視できると認められる場合、又は労働者が有期労働契約の更新を期待することについて合理的な理由があると認められる場合には、雇止めが認められず、従前と同一の条件で有期労働契約が更新されることに留意する必要がある(労働契約法19条)。
     無期転換オプションの不発生のために使用者が安易に5年到達前の雇止めを行なうと、労働契約法19条の適用をめぐる労使紛争が増加することにつながる。
     
  3. (2)専門的知識等を有する労働者及び定年後引き続いて雇用される労働者の特例

  4.    平成27年4月1日施行の「専門的知識等をもつ有期雇用労働者等に関する特別措置法」(以下「有期雇用特措法」)のもとでは、①1年間あたりの賃金が1075万円以上(有期雇用特措法施行規則1条)である専門的知識等を有する有期雇用労働者(具体的には平成27年厚生労働省告示第67条が規定しており、例えば、博士の学位を有する者、公認会計士等の資格を有する者などが含まれる。)、及び、②60歳以上の定年後に引き続いて同一の事業主に雇用される有期雇用労働者について、雇用管理に関する特別の措置に関する都道府県労働局長の認定(有期雇用特措法4条・6条)を受けた場合には、①の労働者については最長10年間、②の労働者については当該事業主に雇用される期間中は、労働契約法18条の無期転換オプションが発生しないこととされている(有期雇用特措法8条1項・2項)(法律案制定の背景を含めた詳細は、本稿の筆者による平成26年11月12日付タイムライン「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法案」https://www.shojihomu-portal.jp/article?articleId=905383参照)。
     厚生労働省によれば、この特例を利用するために必要となる有期雇用特措法4条・6条に基づく都道府県労働局長の認定件数は、平成27年4月の施行後同年6月末までの3ヶ月間で585件、うち同年6月単月では267件に達している。

4.円滑な企業活動と労使関係維持のために

 使用者たる企業の視点では、無期転換ルールにより有期労働契約者との契約が無期労働契約に転換されることにより、人材の確保や有期労働契約者の士気の向上につながるという効果も期待できる。しかし一方で、雇用は営利企業にとっては本質的には純粋に経済的な行為であり、企業の将来性、財務体質、事業環境、人員構成その他各種要因により、有期労働契約者に無期転換オプションが付与されることのメリットよりもその弊害が大きいという企業もあると思われる(ただし、無期転換オプションの発生を防ぐために安易に5年到達前の雇い止めを行うリスクは3(1)記載のとおりである)。

 円滑な企業活動と労使関係の維持のためには、企業及び労働者の双方が、無期転換ルールの内容及びその趣旨、雇い止め濫用防止のための労働契約法19条の要件、並びに有期雇用特措法に基づく無期転換ルールの例外とその趣旨を十分に理解した上で、双方にとってメリットのある労働条件・労働環境を積極的に構築する努力をする必要がある。

 

 

 

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