◇SH0473◇法のかたち-所有と不法行為 第三話「規範と法作用の関係-契約・不法行為・所有」 平井 進(2015/11/13)

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法のかたち-所有と不法行為

第三話 規範と法作用の関係-契約・不法行為・所有

 

法学博士 (東北大学)

平 井    進

1  法概念は法の作用と結果に関する価値判断を含む

 前述の「ある対象を人が任意に用いることができる」という文について、改めて考えてみたい。第一に、この文は事実を記述しているように見えるが、そもそもそのような状態にすることが社会的に適切であるかどうかということは、価値判断による。

 第二に、その文はある作用の結果である状態を示しているが、上記のようにその状態が適切であるとする場合、それをもたらすためにいかなる作用が適切であるかということも、価値判断による。

 このように、ある法関係が正当であるとする価値判断には、法作用とその結果の両方が適切であるということがあり、これらは社会が承認する規範に基いている。その作用のあり方の価値判断については、第三者の責任関係がいかにあるべきかということが重要である。当然のことながら、これらは公理的な命題(「絶対性」等の恣意的な観念)からの演繹的な操作ではない。

 なお、「ある対象を人が任意に用いることができる」ことが具体的にどのようなこと(活動)であるのか、あるいは何もしないのかということは、その人自身の問題であって、本来、社会関係である法が関知することではない。それ故、その具体的な内容(例えば、使用・収益・処分)を記述してみても、法概念としては意味のないことである。(何故このような内容を記述するようになっているかは、歴史的な経緯によるが、それについては後で考察する。)

 

2  規範と法的関係の三つの例-契約・不法行為・所有

 ここで、次のような例を考えてみる。「人Aが人BにものごとXを為すことを約束したことによって、そのことを実現しなければならない。」とする文は、それが我々がもつ規範に合っていれば、Aがそのような責任をもつという規範を社会が共有していることにより、法がその規範を実現するものとして、Aの約束の実現をBが求めることは法的な関係となりうる。

 次に、「人Aが人BにものごとYを為す、または為さないという社会的な約束ごとがあることによって、そのことを実現していなければならない。」とする文について考えてみる。Yとして、Bがその身体・自由・名誉の状態を維持することをAが妨げないことであるとすると、それが社会的な約束ごとであることによって、Aがそのことを妨げる場合に、それが我々の社会の規範におけるAの責任に反しており、Aがそのことを止めることをBが求めることは法的な関係となりうる。

 さらに、Bが維持すべき状態として、Bがその外にある対象を利用することであるとすると、同様に、その状態を維持することをAが妨げる場合に、それを止めることをBが求めることも法的な関係となりうる。

 上記の三つの例は、社会的な規範に反することが起きるときに、または起きないようにするために、法が作用することである。規範に反することは、第一の例では当事者同士の約束ごとが守られないこと、第二と第三の例では社会的な約束ごとに反することであり、第二の例では人の実体をなす状態が損なわれること、第三の例では人が外部の対象を利用する状態が損なわれることである。

 これらは、特定の当事者同士がなす約束事(その約束によって義務者と義務が特定される)と、社会一般に適用される約束事(約束事に違反する者が出るときに、義務者と義務が特定される)とに大別される。

 このような義務による法関係の構造からこれらを体系的に見ると、次のようになる。

  1.   予め義務者と義務が特定され、その義務が実現するようにする法(契約)
  2.   予め義務者が特定されず、違反が起きる時に義務者とその義務が特定され、その違反による状態を是正する法(不法行為・所有)

 いずれにおいても、法概念が適切であるためには、このような規範的な構造を組み込んでいる必要がある。前述のように、プーフェンドルフやカントが世界に一人しかいなければ法や権利の概念はないと述べていたのは、一人の世界には社会的な関係と規範(およびそれを実現する手段)が存在しないからである。

 上記の構造から分かるように、不法行為と所有の法において義務を負う者に求められることは、(契約によってなすべき義務を実現することと異り)社会規範上、維持すべき状態を損なったことを回復し、または損なわないようにすることである。この状態の維持・回復の構造は、不法行為と所有において共通しているが、債権としてまとめられる関係の中において、契約(なすべきこと)と不法行為(なしてはならないことをしたので、それを是正すること)とでは、求められる機能空間が異っている。[1]



[1] ヘンケルは、所有物の返還請求について、返還は給付ではなく、占有者は維持・回復すべき義務を守るのであるとする。参照、川角由和「物権的請求権の独自性・序説-ヴィントシャイト請求権の「光と影」-」河内宏他編『市民法学の歴史的・思想的展開-原島重義先生傘寿-』(信山社, 2006)437頁註105。Wolfram Henckel, Vorbeugende Rechtsschutz im Zivilrecht, 1974, S. 134を引用する。また、上記の維持・回復すべき状態を「秩序」という場合、財貨帰属・人格・競争・環境の「秩序」に反することに対して、物権や不法行為はそれを是正させるものであるとする視点(川角432-433, 438, 440-441頁)も関連していよう。

 

 

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