◇SH0481◇ベトナム:ベトナムにおける仲裁(2) 青木 大(2015/11/19)

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ベトナム:ベトナムにおける仲裁(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

 2014年3月14日に最高人民裁判所により示された仲裁法の解釈指針(“Resolution Guiding the Implementation of Certain Provisions of Law on Commercial Arbitration”)によると、仲裁判断取消事由に当たる「ベトナム法の基本理念に反すること (“contrary to the fundamental principles of the law of Vietnam”)」とは、ベトナム法の発展を阻害するような効果を有する基本的な行為規範についての違反をいう。

 裁判所は、当該事由に基づいて仲裁判断を取り消す場合には、ベトナム法の基本理念に反している仲裁判断の具体的内容を指摘すると共に、当該仲裁判断が政府の利益又は第三者・当事者の正当な利益を侵害していることを示さなければならない。

 このような説明自体からはその適用対象範囲が広いのか狭いのか、いかんとも解しがたいところがあるが、具体的に取消事由となる場合の事例として以下の二つが掲げられている。

  1. ① 当事者が任意に紛争解決について合意しており、それは法律にも社会道徳にも反するものではない。しかし仲裁廷は当該合意を仲裁判断において認めなかった。そのような場合、仲裁判断は商法11条及び民法7条に規定する、商事分野における契約自由の原則(“the principle of free and voluntary commitment”)に違反する。この場合、裁判所は、商法及び民法が規定する基本理念に反する仲裁判断であることを根拠として、当該仲裁判断を取り消す。
     
  2. ② 仲裁判断が、強迫、詐欺、脅し又は賄賂により得られたと認めるに足りる証拠を一方当事者が提出している。この場合、仲裁人は独立、客観的かつ不偏でなければならないとする仲裁法4.2条に規定する理念に反している。

 まず、これらの事例は、取消事由と「なる」場合の例示であって、取消事由と「ならない」場合とのメルクマールを示す例とはされていない点に留意する必要がある。したがって、これらの事例以外にも取消事由と「なる」ケースは当然存在することになる。

 その上で、上記第1の例については、当事者が契約に定める実体準拠法にかかわらず、ベトナム商法及び民法における基本原則と仲裁判断の適合性を問題としているところが気になるところである。この点、UNCITRALモデル法が掲げる仲裁判断取消事由として「公序(public policy)」違反が存在するところ、その文脈では、通常はせいぜい各国の強行法規(例えば日本であれば利息制限法など)に反する場合が問題とされるにすぎない。上記の解釈では契約自由の原則のような基本理念については強行法規に準ずるということなのかも知れないが、その他のどの民商法の規定がそのような性質を有するのかが明らかとならなければ、当事者としては仮に外国法を契約準拠法としていても、ベトナム民商法との整合性について注意を払わざるを得ないことになるようにも思われる(例えば、過去においては損害賠償額の予定(Liquidated Damage)が問題視された例もあったようである。)。

 他方、第2の例について取消の対象となることはあまり異論がないところであろう。詐欺や賄賂により得られた仲裁判断が取消対象となることについては国際的にも一般的に認められている(シンガポール国際仲裁法第24条(a)等)。ただ、手続的不正義にあたるかどうかどうかが問題になるのはより微妙な事案が多く、どの程度の手続的不正義があれば取消対象となるかについて、上記例はさほど有用なメルクマールとはならない。

 また、同指針は、裁判所は「紛争の内容」について再審理することはせず、仲裁法に規定する仲裁判断取消事由のいずれかに該当するか否かについてのみ確認すると明記している。しかし、取消事由の一つである「ベトナム法の基本理念に反する」かどうかをベトナム民法や商法に照らして検討するとなれば、自ずと「紛争の内容」の判断に立ち入らざるを得ない場合も考えられる。

 同指針が裁判所による仲裁判断の取消に一定の歯止めをかけようとしようとしているという姿勢は一定程度評価できるものの、本当に歯止めとなり得るかについては、いささか心許ないものがある。

 なお、同指針はベトナム仲裁法に関するものであり、外国仲裁の執行の根拠となるベトナム民事訴訟法に関する指針ではない点には留意が必要である。「ベトナム法の基本理念に反する」という要件は、民事訴訟法の中に規定される外国仲裁の執行拒絶事由にも同様に存在し、この解釈も上記の解釈指針に沿うべきと考えるのが自然なようにも思われるが、指針にはその旨の明示はない。国内仲裁の振興の観点から、文言は同じでも国内仲裁の取消の場面と、国際仲裁の執行拒絶の場面で、別異の解釈を裁判所がとる可能性も否定はできない。

 いずれにせよ、ベトナム国内において執行が想定される契約事案においては、仮に準拠法を外国法とし、外国仲裁合意をおいていたとしても必ずしも安心はできず、同契約がベトナム民法・商法等の基本的な法規範に照らし問題がないかどうかを意識しておく必要があるように思われる。

 

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