◇SH0600◇最二小決 平成27年12月14日 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律違反被告事件(小貫芳信裁判長)

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 本件は、事業主であるA社の代表取締役Bから委任を受け、A社のバイオガス製造事業に関する国への補助金交付申請業務を代理した被告人が、A社の業務に関し、既に1億1000万円余りの補助金交付決定を受けていたバイオガス製造設備のうち一部の設置が完了していないのに、設置が完了した旨の内容虚偽の実績報告書を環境大臣に提出し、A社名義の口座に補助金を振込入金させ、もって偽りその他不正の手段により補助金の交付を受けたという事案である。

 

 補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金等適正化法」又は単に「法」という。)29条1項は、「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け……た者」を直接の処罰対象としているが、本件で補助金の交付を受けたのはA社であって被告人ではないため、被告人は同条項の名宛人には当たらない。このような名宛人限定型の禁止規定に該当する違反行為を、名宛人である事業主の代理人その他の従業者が行った場合、両罰規定中の「行為者を罰するほか」という文言により初めて処罰の対象となるという解釈(構成要件修正説)が判例上確立しているといってよい(判例として最一小決昭和55・10・31刑集34巻5号367頁を、文献として多和田隆史「法人処罰と両罰規定」大塚仁・佐藤文哉編『新実例刑法[総論]』(青林書院、2001)30頁を各参照)。本件においても、被告人は法32条1項の両罰規定の適用により初めて処罰の対象となるため、同条項中の「代理人」に当たるかが争点となり、原々審、原審ともに「代理人」に当たると判断した。本決定は、被告人側の上告を受け、この争点について職権判示したものである。

 

 学説上、両罰規定の「代理人」の意義については、私法上の代理人等と同様、本人に代わってその事務を処理する者を指し、それ以上の限定はないとする非限定説と、一定の限定があるとする限定説に分かれるとされており、限定説の中でも、対向的に委任を受けた代理人は含まず、商業支配人など、従業者たる身分を持っている者に限られるとする見解が有力とされている(大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法〔第3版〕第1巻』(青林書院、2015)144頁〔古田佑紀=田寺さおり〕、西田典之ほか編『注釈刑法 第1巻』(有斐閣、2010)273頁〔佐伯仁志〕)。本件の上告趣意も、この有力説を援用し、対向的に委任を受けたに過ぎない被告人は両罰規定の「代理人」に当たらないと主張したものである。
 この点に関する最高裁判例としては、最三小決平成9・10・7刑集51巻9号716頁があるが、同判例は、非事業主である妻の委任を受けた夫が、妻の財産に関してほ脱行為をしたというやや特殊な事案に関する事例判例であり、本件のような事業主の委任を受けた行為者の「代理人」該当性につき判示した最高裁判例は見当たらない。

 

 本決定は、まず、両罰規定の法意につき、行為者の選任、監督その他違反行為の防止に関する事業主の過失推定規定である旨判示した最大判昭和32・11・27刑集11巻12号3113頁を引用した上、「事業主が行為者を現に統制監督しておらず、統制監督すべき関係にもない場合」には、事業主の過失を推定して処罰する前提を欠き、法32条1項が適用されない旨判示した。両罰規定の「その他の従業者」の意義については、前記昭和32年大法廷判決により示された法意等から、「契約によって雇われていることを要せず、直接間接に事業主の統制、監督を受けて事業に従事している者」をいうと一般に理解されているところ(増田啓祐「判解」判解刑平成23年度14頁参照)、本決定の前記判示は、「統制監督関係の有無」を「代理人」該当性判断のメルクマールとする点において、「その他の従業者」の意義に関する一般的な理解と軌を一にするものである。このような統一的な解釈は、両罰規定の文言上、「代理人」が「従業者」の例示であると理解されていることとも整合的といえよう。
 また、本決定は、補助金等適正化法の目的及び規定内容も踏まえ、「統制監督関係の有無」を判断する際の考慮要素として、事業主から行為者に与えられた権限の性質・内容、行為者の業務履行状況、事業主の関与状況その他の事情を挙げている。両罰規定は種々の行政法規に設けられているところ、規制の目的・内容は法律によって異なることから、両罰規定の適用の有無を検討するに当たってもそのような法律ごとの違いを念頭に置くべき旨を意識した説示と理解される。考慮要素として権限の性質・内容のみならず行為者の業務履行状況、事業主の関与状況が挙げられたのは、「統制監督関係の有無」は必ずしも「代理人」の権限の性質・内容のみから類型的・一義的に定まるものではなく、行為者・事業主双方の履行ないし関与状況を含む個別の事情を具体的に検討し、判断する必要があることを示唆する趣旨と思われる。もとより、商業支配人など、事業主たる組織の内部者と事業主との間には類型的に見て統制監督関係が存在し、両罰規定の「代理人」に該当することに異論はないと思われるから、このような個別具体的な検討を要するのは専ら行為者が事業主たる組織の内部者に当たらない場合であろう。

 

 その上で、本決定は、事業主であるA社の代表取締役Bから補助金の交付を受けるための業務に関し一括して委任を受け、各種書類を同社名義で作成、提出し、同社の担当者として関係省庁と折衝・連絡を行うとともに、これらの事務の遂行状況をBに報告していたなどの事実を指摘し、このような事実関係によれば、被告人は、本件補助金の交付を受けるための業務に関し、事業主であるA社の統制監督を現に受け、又は受けるべき関係の下でA社の業務を代理したといえるとして、被告人が法32条1項にいう「代理人」に当たるとした原判断を是認した(事実関係の詳細は判文を参照されたい。)。

 

 本決定は、両罰規定の「代理人」該当性という最高裁判例の乏しい論点に対する判断を示したものであり、事例判断の理由付けとなる解釈論も含め、同種事案の審理や判断の在り方を考える上で実務上の参照価値が高いと考えられるので、ここに紹介する。

 

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