法のかたち-所有と不法行為
第十話 所有権法と不法行為法-請求権の構成
法学博士 (東北大学)
平 井 進
4 富井政章の不法行為・所有権論
富井政章は、前述のように、所有権の規定が原因と結果を混同しているとして批判していた。彼は、所有権法と不法行為法の関係について論ずるにあたり、不法行為について、原状回復が本則であって、それは所有物の取戻しと同じであるとして、次のように述べている。「金銭を以てすることは強行規定にあらず。金銭以外の方法によりて賠償をなすことを定むるも妨げなし。先づ原状回復をなし得べき場合は之れをなすことを本則とす。即ち、所有物取戻の如し。」[1]
また、富井は、不法行為の差止は明文がなくとも当然であるとする。[2]富井は民法を起草した三委員の一人であったので、これらの見解はそこにおける共通理解であったのであろう。これらから彼のいう不法行為の救済機能をまとめると、次のようになる。
原状回復 本則。所有物の取戻と同様。
差止 明文がなくとも当然。
金銭賠償 上記以外に方法がない場合。強行規定ではない。
さらに、富井は、不法行為と所有権(物権)の保護の共通性について、次のように述べている。「生命・身体・自由・名誉其他、父子・夫婦たる身分の権」について、「目的物の有形物体に係ると否とは法理上」「権利の本質に直接の関係を有するもの」ではなく、「身分・名誉等の権利は所有権其他、普通物権と称する権利と其性質及び効力を異にすることなし。即ち、法律の範囲内に於て、社会一般の者に対して行ふの権利なり。何人と雖も、其権利の実行を妨害することを得ず。(略)此対世的の権利義務の外に(略)特定人の義務なきなり。総て此等の諸点に於て所有権と其性質・効力を異にする所あるを見ず。」フランス民法第1382条においては、「此等の権利を保護するに所有権を保護すると同一の訴権を以て」「其侵犯を救済せり。」[3]
このように、富井において不法行為と所有権の作用をまとめると次のようになる。
原状回復 所有権における取戻。不法行為における本則。
差止 所有権における侵害停止。不法行為において当然。
金銭賠償 不法行為(上記以外に方法がない場合)。
[1] 富井博士(註、富井政章)『債権各論 完』(石田松之助, 1914)184頁。
[2] 金銭賠償以外の救済方法として、「不法行為の中止を請求することなり。之れは何等の明文もなきも、当然のことと解す。(略)明文なくとも、元より被害者に此権利あるは当然のことなり。」同上, 216-217頁。
[3] 富井政章『損害賠償法原理 完』(日本同盟法学会出版, 1895)36-37頁。前述の大正10年の大審院判決(妨害排除を権利一般の性質とする)は、この構成をとっていたことが分かる。