企業法務への道(6)
―拙稿の背景に触れつつ―
日本毛織株式会社
取締役 丹 羽 繁 夫
《社債の発行限度をめぐる小論》
前述報告書の7つのテーマの内、3つ目の「社債の発行限度について」は、私が執筆した。平成5年改正前の商法297条1項及び2項は、
- 「① 社債ハ資本及準備金ノ総額ヲ超エテ之ヲ募集応スルコトヲ得ズ
- ② 最終ノ貸借対照表ニ依リ会社ニ現存スル純資産額ガ資本及準備金ノ総額ニ満タザトキハ社債ハ其ノ総額ヲ超エテ之ヲ募集スルコトヲ得ズ」
と定めていた。当時社債発行の限度額を引き上げるべきではないかとの議論が証券界から出されていたが、そもそも、旧商法が、社債の発行限度額を何故に発行企業の自己資本の範囲内に制限していたのか、諸外国の立法例を参考にしたという以外に何らの合理的な説明がなされてこなかった。大蔵省証券局からの照会事項は、この点についての法的な根拠を求めるものであった。私は、竹田省教授の論文『社債の総額に関する商法の規定に就いて』[1]から示唆を受けて、昭和13年改正前商法200条1項、2項に即して、配当可能利益の計算という観点から、以下のような解明を試みた。同200条では、会社は株金の一部の払込みによっても成立するとしていたので、会社の貸借対照表上の資本の部に計上される未払込株金額と見返りの勘定を株金払込請求権とすれば、配当可能利益の最高額(D)は
D=〔資産の部の総額-(株金払込請求権+社債を除く負債の部の総額)〕-(資本の部の総額-未払込株金額)
資産の部 |
負債の部 (社債を除く) |
配当可能利益 | |
株金払込請求権 | 未払込株金額 |
払込済株金額 |
と表される。Dがプラスの場合には、配当可能利益があるものとして、仮にその全額を配当に充てたとしても、配当後に会社に現存する財産額は、(資本の部の総額-未払込株金額)、即ち「払込ミタル株金額」となる。Dがマイナスの場合には、配当可能利益はなく配当することができないが、会社に現存する財産額は、〔資産の部の総額-(株金払込請求権+社債を除く負債の部の総額)〕、即ち「会社ニ現存スル純財産額」となる。
Dがプラスの場合でもマイナスの場合でも、社債権を一般的に担保する財産額は「払込ミタル株金額」または「会社ニ現存スル純財産額」となり、このことが、昭和13年改正前商法200条が社債総額を払込株金額もしくは現存純財産額に制限した合理的な根拠となるのではないか、と考えた次第である。
前述のとおり、平成5年の商法改正により商法297条自体が撤廃されたことにより、今となってはこの問題を深掘りする意義は失われているが、この小論は、拙稿が初めて印刷物として発行されたものとして、忘れることのできない論考となった。