ブラジル労働法の基礎
西村あさひ法律事務所
弁護士 清 水 誠
1. はじめに
ブラジルの労務は、労働者保護的色彩の強い法制や裁判所における運用、労働裁判が提起されやすい文化等から、ブラジルに進出する日本企業にとって大きな課題となっており、いわゆる「ブラジル・コスト」の一部と言われることもある。
ブラジルにおいては、労働法制の基本原則が連邦憲法において広範に規定されているほか、労働法制に関する中心的な法令である統合労働法(Consolidação das Leis do Trabalho; CLT)において詳細に規定されている。
2. 日本企業が留意すべきブラジル労働法のポイント
ブラジル労働法の概要は、下記3.のとおりであるが、ブラジルに進出する日本企業が特に留意すべき特徴的な点としては、以下の点が挙げられる。
「労働経済グループ」の概念 : 企業は、同一の労働経済グループに属する他の企業がその労働者に対して負担する債務について連帯して責任を負うとされている。ここでいう「労働経済グループ」はCLT上定義されていないが、裁判例上、概ね、同一の支配株主に支配されている複数の法人又は協調する複数の法人をいうものと解釈されており、「支配」については、議決権の過半数を保有する場合に限らず、マイノリティとしての議決権保有である場合でも「支配」が認定されたケースも存在する。また、一般的に、裁判所は、同一の労働経済グループに属しているか否かの判断を、労働者保護を重視して行う傾向にある。
ブラジル人の雇用義務 : 3名以上の労働者を要する企業は、労働者の人数の3分の2以上をブラジル人としなければならず、かつ、労働者に対して支払われる全賃金のうち3分の2以上はブラジル人労働者に支払わなければならない。なお、ブラジルにおける居住期間その他一定の要件を満たす者は、この雇用義務との関係では国籍を問わずブラジル人と見做される。
労働組合 : ブラジルにおいては、地域ごと、かつ事業分野ごとに雇用主側労働組合と従業員側労働組合が存在する。労働組合への加入は義務ではないが、すべての労働者は、雇用者が当該地域において従事する事業分野に対応する労働組合に代表され、労働組合が締結した労働協約の効力は非構成員に対しても及ぶ。
アウトソーシングに関する規制 : 労働高等裁判所判例第331条により、請負は、当該請負業務が企業のコア・ビジネスに関連するものではなく、かつ委託企業と独立して運営される場合のみ許容され、そうでない場合には、請負先の労働者は委託企業の労働者と見做される。実際に紛争となった例としては、たとえば、コールセンター業務は企業のコア・ビジネスに該当するか(関連しないと判断される場合は、コールセンター業務をアウトソースすることができない)等がある。
3. ブラジル労働法の概要
ブラジルの労働法における、雇用契約、労働時間、時間外労働、有給休暇、ボーナス、国籍要件及び雇用契約の終了に関する制度の概要は以下のとおりである。
概要 | |
雇用契約 |
無期限の雇用契約が締結されることが一般的ではあるが、有期の雇用契約を締結することも可能。 契約書の締結など形式的な手続は雇用契約成立の要件とされていない。もっとも、労働訴訟においては、裁判所は、労働条件等について明確でない事項については労働者側に有利な解釈をする傾向にあるため、予め雇用契約において明確に定めておくことが望ましい。 |
労働時間 |
原則として、日8時間、週44時間。 1日の労働時間が6時間を超える場合、1-2時間の食事休憩を与える必要があり、1日の労働時間が6時間以下である場合、4時間勤務の後に15分の食事休憩を与える必要がある。 |
時間外労働 |
原則として、雇用者と労働者との合意又は労働協約により、1日最大2時間までの残業は可能。 この場合、時給の50%以上の割増賃金の支払いが必要となる。 |
有給休暇 |
就労期間が1年以上となった労働者は30営業日の有給休暇を取得することができる。有給休暇は2回に分けて取ることができるが、1回の期間は最低10日でなければならない。 労働者は、雇用者に対し、10日まで有給休暇の買取りを求めることができる。 労働者には、休暇期間中、給与に加え、給与額の3分の1に相当する額の休暇ボーナスが支払われる。 |
ボーナス |
13か月ボーナス(クリスマスボーナス)として、1年を通じ就労した場合、12月に支払われた給与と同額のボーナスが支給される。 なお、メキシコやチリのような、利益の一部を従業員に分配する義務は存在しない。 |
従業員の国籍要件 |
上記のとおり、3名以上の労働者を要する企業は、労働者の人数の3分の2以上をブラジル人としなければならず、かつ、労働者に対して支払われる全賃金のうち3分の2以上はブラジル人労働者に支払われなければならない。なお、ブラジルにおける居住期間その他一定の要件を満たす者は、この雇用義務との関係では国籍を問わずブラジル人と見做される。 |
従業員の解雇 |
労働者の解雇は、当該労働者が労働組合のリーダーである場合や妊娠中又は出産後5か月以内の女性労働者である場合等一定の例外を除き、正当事由なく行うことができる。但し、正当事由なく解雇する場合、勤続10年以上の労働者については、最終月の報酬に勤続年数の2倍を乗じた金額を失業保障基金(FGTS)の当該労働者の口座に積み立てなければならない等一定の金銭の支払いが必要となる場合がある。 |
以 上
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。