◇SH0801◇冒頭規定の意義―典型契約論― 第11回 冒頭規定の意義―制裁と「合意による変更の可能性」―(8) 浅場達也(2016/09/16)

未分類

冒頭規定の意義
―典型契約論―

冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(8)

みずほ証券 法務部

浅 場 達 也

 

Ⅰ 冒頭規定と制裁(1) ―金銭消費貸借契約を例として―

2. いわゆる「諾成的消費貸借」と冒頭規定

 第6~9回で、リスク増大の可能性を回避しようとする契約書作成者は、多くの場合、「冒頭規定の要件に則った」契約書を作成することについて検討した。しかし近時、我が国の取引社会において、必ずしも消費貸借の冒頭規定の要件に則っていない「金銭消費貸借契約書」を見かけるようになってきた。そこで、「諾成的消費貸借」と呼ばれるこの契約と冒頭規定について検討しておこう[1]

 まず、いわゆる「諾成的消費貸借」の内容について、確認しておこう。ここで「いわゆる『諾成的消費貸借』」として想定している契約は、「債権法改正の基本方針」にて採用された次のような定義の内容を持つ契約である[2]

 

【3.2.6.01】(消費貸借の定義)

消費貸借とは、当事者の一方(貸主)が、相手方(借主)に、金銭その他の物を引き渡す義務を負い、借主が、引渡しを受けた物と種類、品質および数量の同じものをもって返還する義務を負う契約である。

 

 この定義の「提案要旨」において、契約の成立につき(現行法と異なり)目的物を引き渡すことを要求せず、諾成的合意によって消費貸借が成立するとの定義を提案するものとしている。すなわち、現行の消費貸借が「要物契約」であるのに対して、「諾成的合意によって」消費貸借が成立するとの案である。本稿では、上の【3.2.6.01】の目的物を「金銭」とする契約を、「いわゆる『諾成的消費貸借』」としている[3]

 現行の冒頭規定の定める要件を字義通り考えれば、民法587条が「要物性」を定めていることは明らかである。他方、近時の我が国の取引社会において、「貸す義務を負担する」という文言を含む「金銭消費貸借契約」を眼にすることは稀ではなくなってきている。これは、要物性を定める冒頭規定の要件とは明らかに異なっており、上で述べたいわゆる「諾成的消費貸借」に該当すると考えられる。次の契約文例をみてみよう。

 

 【契約文例3】   金銭消費貸借契約書[4]

○○銀行(以下「甲」という)は、○○株式会社(以下「乙」という)と、以下のとおり金銭消費貸借契約を締結した。

第1条 (借入要項)
  乙は、以下の要項に基づき、甲から金員を借り受けることを約諾した。

    1.  金額     金○○円
    2.  使途     運転資金
    3.  借入日    平成28年1月31日
    4.  最終弁済期限 平成33年1月31日
    5.  弁済方法   期限に一括弁済

             (略)
        ~~~~~~~~~~~~~~

この契約を証するため、証書2通を作成し、甲及び乙が各1通を保有する。

   平成28年1月26日

  甲   捺印
  乙   捺印

 

 この契約文例において、甲と乙は、金銭の貸借の日(1月31日)より前の時点(1月26日)で、「金員を借り受けることを約諾」しており、諾成的合意によって消費貸借契約が成立していることを示している[5]

 このような取引が生成される背景については、2つの面から、すなわち、第1に利点・メリットの面から、そして第2にリスクの増大の面から、考える必要があるだろう。

 まず、第1の利点・メリットについて検討しよう。現行の消費貸借の冒頭規定(587条)は、金員を借りた時点以降について規律する(第7回 【契約文例1】 を参照)。借りた時点よりも前の義務(例えば「貸す義務」「借りる義務」)について、従前の「金銭消費貸借契約書」には何ら規定していないものがほとんどであった。しかし、近時、貸し手にとっても借り手にとっても、「貸借の時点」より前の権利義務関係を契約書の中で定めることの重要性が、強く意識されている。次の契約文例をみてみよう。これは、貸付人の義務をやや詳細に定めた近時の契約文例[6]に若干手を加えたものである。

 

【契約文例4】第○条 (貸付人の義務)

   1. 貸付人は、貸付義務を負担する。
   2. 貸付人が貸付義務に違反して実行日に貸付を行わなかった場合、貸付人は、かかる貸付義務違反により
     借入人が被ったすべての損害、損失及び費用等を、借入人から請求があり次第、直ちに補償する。

 

 「貸す義務」及びその義務に違反した場合の補償の内容が規定されている。また、対等に近い立場の「貸し手」と「借り手」が金銭消費貸借契約を締結する場合に、次のような「借りる義務」を明定する契約書もみられるようになってきている。

 

【契約文例5】第○条 (借入人の義務)

   1. 借入人は、貸付人の書面による承諾がある場合を除き、借入実行日前であっても、借入を中止すること
     はできないものとする。

   2. 前項の承諾を得て借入を中止する場合には、借入人は、貸付人に対して、借入の中止に起因又は関連し
     て貸付人が被るすべての損害、損失及び費用等を賠償するものとする。

 

 この文例は、「借り手」が「借りる義務」を守らなかった場合にどうするかを規定するという意味で、「貸し手」にとっても重要な条項である。対等に近い立場の「貸し手」と「借り手」の契約書において、「貸す義務」を契約に規定する以上は、「借りる義務」も明定すべきであるとの方向で検討するのは、極めて自然な流れであろう。その意味で、冒頭規定の要件をそのまま採用せず、「貸す義務」「借りる義務」を契約上明記することに、「貸し手」「借り手」双方にとっての利点・メリットがあるといえるだろう。

 では、第2のリスクの増大についてはどうだろうか。出資法・貸金業法・利息制限法の関心は、「一方が貸した金銭を、他方が利息を付して返還することを約する契約」の中の主として「利息」の部分にある。この点について逆に考えれば、「利息」や「利率」の内容や算定方式に変更を加えなければ、リスクの増大は通常発生しないとも考えられる。換言すれば、いわゆる「諾成的消費貸借」のように、現行の「返す義務」に追加して、「貸す義務」「借りる義務」を規定しても、(追加した部分に「付利」がなされなければ、)「返す義務」に直接関連する「金利規制」のリスクは増大しないとの暗黙の判断があると考えられる。以上の検討を踏まえると、冒頭規定の要件の変更については、以下のようにまとめられるだろう。

ポイント(6) 冒頭規定の要件の変更
契約書作成者は、冒頭規定の要件の変更・修正によるリスク増大が許容範囲内であり、かつ、利点・メリットが十分に大きい場合に、冒頭規定の要件を変更することがある。

 いわゆる「諾成的消費貸借」が、今般の民法改正以前に、我が国の取引社会で自生的に生成されたことは、冒頭規定の意義を考えるにあたって、極めて重要であるといえよう。特に、後に検討する「契約の拘束力の根拠」(「法規説」と「合意説」)について考えるときに、上で示した【契約文例】を再度参照することが必要になるだろう。

 


[1] 我が国の取引社会で、いわゆる「諾成的消費貸借」がみられるようになってきたことについては、「パネルディスカッション・債権法改正と金融実務への影響」金法2004号(2014)37~38頁の三上徹氏発言「諾成的消費貸借が存在していることは、おそらくここにいらっしゃる皆さんは、ごく当然のことと思っておられるかと思うのですね。要物契約が原則ですが、貸すまでは契約は一切ありませんということはないだろうと。」を参照。

[2] 民法(債権法)改正検討委員会編『債権法改正の基本方針』(商事法務、2009)339頁を参照。

[3] これに対して、その後の法制審議会での検討を経て、2015年2月に採択された「要綱」においては、第32の1(1)で、「書面でする消費貸借」は、一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し、相手方が同種同量の物を返還することを約すことによって効力が生ずるとされている(その後、同年3月に、この「要綱」を内容とする改正案が、国会に提出された(民法改正法律案587条の2を参照))。すなわち、「貸す義務」を契約内容とするためには、「書面性」が要求されることになる。これにより、上記【3.2.6.01】の契約が成立するためには、更に「書面性」が必要になると考えられるが、こうした(要式性(書面性)が要求される)契約を「諾成的」消費貸借と呼ぶことが適切かについては、疑義が生じうるため、民法改正後は、「諾成的消費貸借」との呼称が使われなくなる可能性がある。この点における混乱を避けるため、本稿では、【3.2.6.01】の契約を、特に「いわゆる『諾成的消費貸借』」と呼んでいる。

[4] この文例は、公表されている「タームローン契約書」(日本ローン債権市場協会が2003年4月にネット上で公開)の文言を土台とし、実際の取引例を参考に、若干手を加えたものである。【契約文例3】のような条項を約することについて、特に異論が唱えられていないことを考えると、我が国の取引社会において、消費貸借の冒頭規定(587条)は強行規定と解されていないといえるだろう。

[5] 理論的に、民法587条の「要物性」が、「諾成的合意」による消費貸借の成立を否定するほど強いか(その範囲で「契約自由の原則」が縮小されるか)は、別の論点として検討される必要がある。この点について指摘するものとして、潮見佳男『契約各則Ⅰ』(信山社、2002)302頁及び山本敬三『民法講義Ⅳ-1 契約』(有斐閣、2005)を参照。ただ、この点に関しては、今般の民法改正により、一定の解決が図られているといえるだろう(民法改正法律案587条の2を参照)。

[6] 坂井豊・副島史子『シンジケートローン契約書作成マニュアル』(中央経済社、2004)31頁を参照。

 

タイトルとURLをコピーしました