取締役協会、「経営者報酬ガイドライン(第四版)」の公表
岩田合同法律事務所
弁護士 冨 田 雄 介
本年10月26日、日本取締役協会(以下「協会」という。)の「投資家との対話委員会」は、「経営者報酬ガイドライン(第四版)」(以下「ガイドライン」という。)を公表した。
協会によれば、今般のガイドラインの改定は、平成27年6月にコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)が制定されたものの各企業においては形式的な対応も散見されることから、英米独等の報酬ガバナンスの水準を目指すことをベストエフォートアプローチとして行われたものとのことである。ガイドラインはあくまでも実務的な指針の一つという位置づけではあるものの、特に海外投資家の株式保有比率の高い企業や報酬ガバナンスの観点から国際競争力を高めたい企業にとっては参考になると思われるため、以下、その概要について解説する。
ガイドラインの主な改定点は、①ペイ・フォー・パフォーマンス(PFP)の強化、②報酬委員会の機能強化、および③リスク管理である。
上記①は、日本の平均的なCEO報酬を欧米企業のそれと比較すると、年次インセンティブと長期インセンティブが占める割合が低いことを踏まえ、これらのインセンティブを拡大することを推奨するものである。もっとも、単にインセンティブの拡大のみを推奨するのではなく、低業績の際には減額が十分行われるよう実質的なPFP制度設計を行うことも推奨している(上記③に関する後述の説明も参照)。
こうしたいわゆるインセンティブ報酬に関して、CGコードでは、健全な企業家精神の発揮に資するような経営陣へのインセンティブ付けとして、中長期的な業績と連動する報酬の割合や自社株報酬の割合の適切な設定が求められている(原則4-2、補充原則4-2①)。この点、特に中長期のインセンティブに関しては、平成28年度税制改正により、特定譲渡制限付株式(役務提供の対価として個人に生ずる報酬債権の給付と引き換えに交付され、一定期間の譲渡制限と無償取得事由の定めがある株式。いわゆる日本版リストリクテッド・ストック)につき、付与法人における損金算入が認められるものとされ、今後はこれに業績条件等を付したいわゆるパフォーマンス・シェアの活用が拡大すると予想される。
上記②は、すべての公開企業に対し、少なくとも過半数の独立取締役により構成される報酬委員会の設置を推奨するものである。また、報酬委員会の有効性を高める観点から、報酬決定に関与した経験のある独立取締役を構成員とすることも推奨している。この点、CGコードの補充原則4-10①は、指名・報酬等の検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るための方法の一例として、独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会の設置を挙げている。もっとも、報酬委員会を形式的に設置したとしても、その規模・構成や権限・役割等をどのように定めるかによって実効性は大きく異なるため、報酬委員会の独立性・専門性の強化方法を具体的に提案するガイドラインは実務上も参考になると思われる。
なお、協会の本年8月1日付「上場企業のコーポレート・ガバナンス調査」によれば、同日時点で、東証1部上場企業1,970社のうち、(法定・任意を問わず)報酬委員会を設置している会社は591社(30%)とのことである(後記「報酬委員会の設置状況」参照)。CGコード対応のために報酬委員会を設置する会社が増加しているものの、その割合はいまだ多いとは言い難いのが現状である。
上記③は、インセンティブの拡大に伴う経営者の過度なリスクテイクを回避するため、大幅な会計修正・不正や巨額の損失が発生した時に過去に支給された報酬の返還を求めることのできるクローバック条項や、繰延報酬の減額を行うことができるマルス条項の設定などを推奨するものである。不適切な会計処理で会社が巨額の損失を被った東芝の例などに鑑みても、こうした守りのガバナンスの強化は今後より一層求められるものと思われる。なお、実際に役員報酬についてクローバック条項を設定している例として野村ホールディングスなどがある。
今後も、こうした「役員報酬改革」の潮流は強まっていくことが予想され、各企業において、継続的な検討課題とする必要があろう。
会社数 (全体) |
会社数 (指名・報酬設置) |
会社数 (報酬のみ設置) |
|
東証1部全体 | 1,970 | 519 | 72 |
監査役設置会社 | 1,552 | 377 | 59 |
監査等委員会設置会社 | 357 | 81 | 13 |
指名委員会等設置会社 | 61 | 61 | 0 |
*協会の平成28年8月1日付「上場企業のコーポレート・ガバナンス調査」7頁による。
*報酬委員会は、監査役設置会社、監査等委員会設置会社では任意設置となり、指名委員会等設置会社では法定設置となる。
以 上