チリにおけるM&A
西村あさひ法律事務所
弁護士 福 沢 美穂子
1 はじめに
チリ経済は、マイナス成長となった2009年以来、低水準で推移しているが、チリ・ペソ安も相俟って、海外投資家による投資活動は依然として活発であり、電力、鉱業、水産加工、金融サービス、小売業などの分野における投資活動が顕著である。
またチリは、中南米諸国の中では、外国投資家へのインセンティブや柔軟な法制度を有しているほか汚職の問題も少ないことから、外国投資家にとっては、比較的M&Aがやり易い国であると思われる。実際、近年において、日本の大手商社が、チリの鉱山・発電所の保有・開発・運営会社、水産品の養殖・加工会社、海水淡水化事業会社に出資したりこれを買収したりする事例があり、日本の大手ゲーム企業がチリのゲーム開発企業を買収した事例なども見られる。
上記に加えて、チリでは2016年1月に、新たな対内直接投資に関する法律が施行され、これまで外資受け入れの担当部局であったチリ外国投資委員会が対内投資促進機関(Foreign Investment Promotion Agency)へ改組され、対内直接投資の推進を図ろうとしていること(SH0583 チリにおける新たな外国投資法の概要 梅田 賢(2016/03/07)参照)、また、同月に日智租税条約が署名され、2007年に発効した日智経済連携協定(EPA)と合わせて、日本企業がチリで安定的にビジネスを展開できる環境が整いつつあることなどから、日本企業によるチリでのM&A取引が今後益々活発化することが期待される。
2 M&Aのストラクチャー
チリにおけるM&Aの主な方法は以下のとおりである。
(1) 対象会社の株式/持分の取得
チリの会社の株式又は持分を取得することで当該会社の支配権を有する方法は、M&Aの一般的手法として用いられている。対象会社が非公開会社の場合は特別な手続や当局の事前承認は必要なく、取引完了後にチリの内国歳入庁へ株主構成の変更等に関する届出を行えば足りる。これに対して、対象会社が公開会社の場合は上記に加えて、その支配権を取得するためには、原則として公開買付けが必要となる点に注意を要する。なお、上記で述べた既発行株式を取得する方法の他、対象会社によって新規に発行される株式の取得を通じてM&A取引を行うことも可能である。
(2) 合併
法令上、合併は、2つ以上の会社が1つに結合し、その全ての権利義務を承継する場合とされており、合併後の存続会社/新設会社は、合併当事会社の負債、資産及び株主を全て承継することとなる。合併には以下の2つの種類がある。
(ⅰ) 2つ以上の会社の資産及び負債を1つの会社に承継させることにより会社を新設するもの
(ⅱ) 1つ以上の会社が解散し、1つの既存の会社に吸収されて、その全ての権利義務が承継されるもの
合併を行うためには、各合併当事会社の株主総会において、発行済み議決権付株式の3分の2の賛成による特別決議を得ることが必要である。
(3) 会社分割
1つ又はそれ以上の会社が、ビジネスの一部として、資産、負債、従業員等をスピンオフして、新会社へ移転させる方法である。会社分割を行うためには、株主総会において、発行済み議決権付株式の3分の2の賛成による特別決議を得ることが必要である。分割会社の株主は、従前の持株比率を維持したまま、新会社の株主となる。
(4) 資産譲渡
会社法は、株式会社が資産の50%以上を売却する場合に、当該会社の株主総会の事前承認を要求しているため留意する必要がある。当該承認決議には、発行済み議決権付株式の3分の2の賛成による特別決議が必要である。
3 株式/持分譲渡を行う場合の注意点
チリの会社の株式/持分譲渡を行う場合は、以下のような注意点がある。なお、チリにおける法人形態については、SH0537 チリにおける主な法人形態 平松 剛実(2016/02/01)も参照されたい。
(1) 株式譲渡契約の要式行為性
対象会社が株式会社である場合、株式の譲渡は、買主及び売主の双方によって締結された私署証書、又は公証人が作成する公正証書による必要がある。私署証書は、2名の証人又は公証人の面前で作成されなければならない。買主が、会社に株主名簿の書き換えを請求する場合は、株券とともに当該株式譲渡契約書を会社に提出する必要がある。
(2) 合同会社の持分譲渡
対象会社が合同会社(Sociedad de Responsabilidad Limitada)の場合、出資者の変更には定款変更が必要であり、当該定款変更のためには、出資者全員の承認が必要である点に留意が必要である。
(3) 株主間契約の株主名簿への登録
株主/出資者が株式の譲渡制限や会社の支配権に関する条項を含む株主間契約を締結した場合、当該株主間契約は、会社に提出され、その存在は株主名簿に登録されることになる。仮に当該登録を怠った場合、当該株主間契約の当事者は、当該条項を会社に対して強制することはできない。
(4) 競争法上の事前届出
チリの競争法上、合併、買収、joint venture設立等のM&Aを行う場合の事前届出義務(いわゆるmerger filing)の規定はない。但し、チリ競争法は、市場集中をはじめとする様々な反競争行為を禁止していることから、実務上は、対象となる取引が競争法違反となる懸念がある場合には、国家経済検察庁(Fiscalía Nacional Económica)又は反競争裁判所(Tribunal de Defensa de la Libre Competencia)への事前相談を行い、事前の承認を得ておくことが望ましい。
(注)本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。