アルゼンチン進出時の選択肢-新しい法人形態の登場(2)
西村あさひ法律事務所
弁護士 古 梶 順 也
2. 法人形態
(3) Sociedad por Acciones Simplificada (SAS)
2017年4月12日、アルゼンチンにおいてStart-up企業の起業促進等を目的とした法律(Ley de Apoyo al Capital Emprendedor, 法律第27349号。以下「起業促進法」という。)が成立した。起業促進法は、一定のStart-upプロジェクトに関する税務恩恵を定めるほか、より簡易な形での成立が可能なSociedad por Acciones Simplificada (SAS)という法人形態を新たに創設した。SASは、2017年9月1日に利用可能になったばかりであるため、未だ利用例は少ないが、株主が1名でも問題ないほか、以下の特徴を持ち、SRLやSAと比べて会社の設立・維持コストも少なく済むため、今後利用が増えるのではないかと考えられる[1]。
- ⅰ. 銀行等により認証された署名が付された私的証書や電子署名を用いたインターネットによる簡易な形での設立が可能
- ⅱ. 商業登記所の承認を受けるべき定款や公告について所定のテンプレートを使用すれば、申請日の翌営業日から24時間以内に設立についての商業登記所での登録[2]及びTax IDの取得が可能
- ⅲ. SASを規制する起業促進法には義務的な規制が少ないため、会社の機関設計等会社の内容について比較的自由に設計できる
- ⅳ. 議事録・財務書類等の会社関係書類の管理や必要な商業登記所への登録につき、電磁的な方法によることができる
SASは、いわゆるStart-up企業の起業促進のために創設されたものであるが、その利用に制限はなく、外国法人が新たに会社を設立する場合にも利用できる。また。既に設立されているSRLやSAからSASへの組織変更も可能である。
SASは、上記の他、以下の特徴を有している。
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A. 株 主
SASにおいては、株主数についての制限はなく、株主は1名でも構わない。また、法令に定める特別な場合を除けば、株主に関して国籍要件や居住要件はない。
しかしながら、単独株主のSASは、他の単独株主のSASの株主になることはできない。また、資本金の額が10,000,000 ARS以上の場合等の一般会社法第299条各号に定める場合に該当する会社については、SASを支配したり、30%を超えるSASの株式を保有することはできないとされている。
株主は、原則として、その所有する株式に対する出資額を超えて、会社の債務に関して責任を負うことはない。いわゆる有限責任である。 -
B. 株 式
普通株式のほか、普通株式とは異なる権利を有する種類株式の発行が可能である。
株式の譲渡について株主総会の事前の承認を要するものとするなど定款に株式譲渡の制限について定めることができる。また、発行から10年間を超えない期間であれば、株式譲渡を完全に禁止することも可能である。なお、SRLの出資持分譲渡の場合とは異なり、株式譲渡につき商業登記所への登録は不要であるため、より簡易な形で譲渡を実行できる。
株式を上場することはできない。 -
C. 資 本
法律上、SASは、設立時に少なくとも月額最低賃金額の2か月分に相当する金額[3]の資本金を持たなければならないとされている。
設立に際して発行された株式は、設立と同時に全て引き受けられていなければならないが、そのうち設立時までに払込みが必要となるのは当該引き受けられた株式のうち25%までとなっており、残りは設立後2年以内に払い込まれればよいとされている。不動産や機械等の非金銭的な資産による払込みも可能であるが、このような現物出資を行う場合には、設立時に全て払込みを完了しなければならない。これらの点は、SRLやSAと同様である。
なお、定款に定めをおけば、登録されている資本金額の50%を下回る範囲での増資について、公告や増資に係る株主総会決議の商業登記所への登録といった通常必要な手続を要しない簡易な手続により実施することができる。 -
D. 経 営
SASは、株主によって選任されたマネージャーによって経営され、代表される。外国人でもマネージャーになれるが、少なくとも1名のマネージャーはアルゼンチンの居住者でなければならない。この点は、過半数をアルゼンチン居住者であることを要求するSRLやSAとは異なる。
当該マネージャーの権限行使のルールは、定款で定められることになっている。 -
E. 株主の意思決定
SASにおいて、株主の意思決定についてどのような手続で行うか(会議体で行うか等)は、定款で定められることとなっている。例えば、意思決定のための会議(株主総会)を開催する場合には、SAの場合とは異なり、本店が存在する管轄区域外の場所で開催することも可能とされているなど柔軟な方法での実施が認められている。 -
F. 内部監督機関
SASは、定款の定めに従い、内部監督機関として監査役等を設置することができるが、設置は義務ではない。 -
G. 利益配当
SASにおいては、各事業年度の監査済みの財務書類に基づき計算される分配可能利益に基づき、年に1回の利益配当が認められている。中間配当を行うことは認められていない。 -
H. 監 督
SASについては、SAの場合と異なり、資本金の額が10,000,000 ARS以上の会社であっても、恒常的な政府の監督に服することはない。また、資本金の額にかかわらず、商業登記所に財務書類の提出を求められていない。 -
I. 制 限
SASは、(ⅰ) 株式又は債券の一般公募、(ⅱ) 政府コンセッション・公益事業の運営等の一定の行為[4]について、会社の目的とすること又は実施することはできない。
(4) 比 較
SRL、SA及びSASの特徴を簡単に比較すると以下のとおりとなる。
SRL | SA | SAS | |
株主/出資者 |
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株式/出資持分 |
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最低資本金額 |
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経 営 |
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株主/出資者の意思決定 |
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内部監督機関 |
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利益配当 |
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・一定の場合は中間配当も可 |
・中間配当不可 |
監 督 |
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そ の 他 |
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(5) 外国法人登録
外国法人が、アルゼンチンにおいて法人を設立する場合又はアルゼンチン法人の株主・出資者となる場合には、事前に管轄の商業登記所において外国法人として登録を行う必要がある。SRL、SA及びSASのいずれの法人についても、設立又はその株主・出資者となるにあたって当該外国法人登録が必要となる。
この点、当該登録のための提出書類の多くについては、公証人による認証を受け、アポスティーユ[5]を取得しなければならず、また、日本語その他の外国語の提出書類に関しては、アルゼンチン国内において公認翻訳家によりスペイン語に翻訳されなければならない等、当該登録手続は極めて煩雑であり、提出書類の準備にそもそもある程度の時間を要する上に、提出書類の提出後登録完了まで更に30日から60日程度の期間を要すると言われている。そのため、アルゼンチンで法人を設立・買収するに際しては、当該外国法人登録に要する時間も念頭に置く必要がある。
3. 支 店
外国法人は、アルゼンチン国内で支店を設立することができる。
支店は、設立外国法人とは別個の法人格を有さない。そのため、法人を設立する場合と比べると、以下のようなメリットがある。
- ⅰ. 一定の規制業種に従事する場合を除いて設立外国法人は支店に対して資本を払い込む必要はない
- ⅱ. 取締役・監査役等の役員を選任する必要がない
他方で、法人を設立する場合と比べて、以下のようなデメリットがある。
- a. 支店が負う債務・義務について設立外国法人が全て直接責任を負うことになる
- b. 支店に関して第三者からの出資を受け入れて資金調達を行うことができない
さらに、支店に関しては、アルゼンチンに居住する法的代表者を設置する必要があり、また、設立外国法人の財務書類とは異なる支店独自の財務書類を作成し、管轄の商業登記所に提出しなければならないものとされている。
また、支店を設立するためには、前記2.(5)の外国法人登録手続に類似した登録手続を完了しなければならない点に留意が必要となる。
以 上
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めていただく必要がある。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではない。
[1] 2017年11月15日に国会に提出された税制改革法案において、SASの税務上の取扱いについては、SRLやSAと同じ税率の法人所得税の対象となることが示されている。
[2] SRLやSAの設立に係る商業登記所での登録については、従前は、申請から4週間程度かかる場合もあったが、近時、商業登記所により緊急設立手続が認められ、これを利用した場合、より短い期間(SRLに関しては、SASと同様に申請日の翌営業日から24時間以内、SAに関しては1週間)での設立登録の完了が可能となった。
[3] 本稿執筆時点では、月額最低賃金額は8,860 ARSのため、その2か月分は17,720 ARSとなる。
[4] 具体的には一般会社法第299条第1号、3号、4号及び5号に定める行為となりる。
[5] 「外国公文書の認証を不要とする条約」(1961年10月5日のハーグ条約)に基づき認められる外務省による証明のことをいう。