◇SH1020◇実学・企業法務(第25回) 齋藤憲道(2017/02/16)

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実学・企業法務(第25回)

第1章 企業の一生

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

(3) 物(モノ)

5) 土地
 土地は、その所在地によって所有形態・用途規制・環境保護規制等が異なるので、売買や利用開始する際には、現地の法制度及び実態等に関する専門家の助言を得る等して、後日、トラブルに巻き込まれるのを防ぐ必要がある。

 例えば、日本国内の土地売買契約では、「本物件において抵当権・地上権・賃借権・その他所有権の妨げとなる権利や、地中埋設物[1]・土壌汚染・その他買主の本物件利用を妨げる事実が存在する場合」に関する規定を設定等する。

 ⑴ 利用・保有制度
 日本では、土地は特別な資産であると考えられている。現在の土地制度では、私人がほぼ永久的かつ絶対的な所有権を有し[2]、所有者が死亡しても子孫に相続できる。公共事業に必要な土地を取得するための土地収用制度[3]があるが、交通網整備・地域再開発・天災地変対策等において十分に機能していない。
 外国では、土地を基本的に国のものとして、一定期間の利用権を売買する制度が多く、都市計画が優先されて、土地収用も行われる。日本企業が海外進出するときは、土地・不動産に関する日本の常識から離れ、現地の信頼できる専門家を起用して無用なトラブルを引き起こすのを避けたい。

 

 参考:各国の土地制度の特徴[4]

  1.  •  中国
     都市の市街区域の土地は、国の所有に属する。農村の土地及び都市の郊外区域の土地は、法律の規定により国の所有に属する場合を除き、農民集団所有に属する。宅地及び自留地、自留山は、農民集団所有に属する。(土地管理法8条[5]
     国有土地使用権には、a.払下土地使用権(払下契約期間内で、使用権の譲渡・賃貸し・担保設定が可能。最高使用年数[6]は、商業・観光・娯楽用40年、工業用50年、住宅用70年等)、b.割当土地使用権(公益的規制があり、原則的に外資は取得しない。)、及び、c.農村の経済組織に属する農民に与えられる集団建設用地使用権[7]がある。
     国が土地利用の全体計画を作成し、農業用地・建設用地・未利用地に分けて各地の利用方法を定める。
     全国の不動産登記業務は、国務院土地資源主管部門が指導・監督する。
  2.  •  米国[8]
     ニューイングランド植民地においてイギリス等の封建制を排して、登録制度(売買等による所有権移転を証する捺印証書の登録)と分割相続制度(長男単独相続制度の排除)を中心とする制度が構築され、これが米国の土地制度の原型になった。建国初期に連邦政府が東部の大半の土地を所有し、1803年にフランスからルイジアナ領域(ミシシッピ川流域)を購入、1819年にフロリダをスペインから購入、1845年にテキサス併合、1850年にテキサスから周辺域5州を購入、1846年イギリスから太平洋沿岸北西部を条約で取得、1846年米墨戦争で太平洋沿岸南西部7州を取得、1867年アラスカをロシアから購入して、国内の大部分の土地が連邦政府の所有地になった。1898年にハワイを併合(1959年に州になった)。その後、その連邦所有地はほとんど、民間に売却されるか、学校運営・土地改良・輸送網建設等の目的で処分された。
     現在、州によって制度は若干異なるが、建物は土地から独立した不動産とはみなされず、登記は土地のみ(証書登録制度Recording Systemと、訴訟手続きによる権原登記制度Torrens Systemがある[9])。ただし、土地を賃借して建てた分譲マンションは取引できる。不動産の権利は、現在権[10](現在、排他的に使用・収益)と将来権(将来、使用・収益)に分かれる。
  3.  •  イギリス[11]
     17世紀の英国の革命により、私的土地所有としてのfreeholdと契約に基づく借地(leasehold)の照応関係が、近代英国の土地所有の基本として確立され、18世紀後半から19世紀前半にかけて、資本制農業によりリースに基づく大借地経営と大土地所有(freehold)との一義的な照応関係が生まれた[12]
     農業経営は、地主と借地農の借地契約を介して行われる形態が多かったが、農業不況・食糧確保等の社会的要請に加えて、税制・借地権の強化(農作適地化の寄与評価、1代借地を3世代化)・地代統制等が実施されたことにより、借地割合は大幅に低下している[13]
     英国の土地制度では、国務大臣の権限が大きく、このプロセスの実体把握を抜きに全容理解は困難[14]とされる。
     現在、土地の最終的な所有権は政府[15]にある。土地・建物は王侯貴族がfreehold(自由土地保有権:日本の所有権に類似)し、民間人はfreehold 権者からleasehold(不動産賃借権。日本の定期借地権に類似)を得て土地・建物を利用する。建物を別個の不動産と考えず、土地登記(所有権、定期借地権)のみで、建物登記はない。Leaseholdで建物内装は変えられるが、外観等に規制があり得る。土地登記所(Land Registry)における不動産の購入・相続等の登録手続きはイングランド・ウェールズ、スコットランド、北アイルランドで異なり[16]、事務弁護士(solicitor)が登記資格を有している[17]
  4.  •  インドネシア
     土地の所有権(一定の住居用の不動産を除く)はインドネシア国民(個人)にのみ認められる。法人は内外資とも、所有権に代わる事業権・建設権・使用権等の権利を土地に設定したうえで、事業に必要な範囲でその土地を利用して操業する。
     事業権・建設権は、国民、国法に基づいて設立され国内に本拠を有する法人に認められる。
     使用権・借地権は、前記の国民・法人に加えて、国内居住の外国人、国内に駐在員事務所を持つ外国企業に認められる。
  5.  •  ベトナム
     土地は全人民の所有に属し、国家が統一して管理する[18]
     外資による土地使用権[19]の取得は、(1) 国からの賃貸、 (2) 販売等用の住宅建設投資用地の割当て、 (3) 土地使用権を有するベトナム企業を買収、(4) ベトナム側パートナーが土地使用権を現物出資、(5)工業団地等の土地を国家から賃借又は土地使用権者からサブリース等の方法で行う[20]
     なお、建物は所有権が認められ、売買・賃貸借・交換・相続・抵当権設定等できる[21]
     土地使用権及び建物について登記制度が存在し、「土地使用権及び住宅所有権証明書」が土地使用権登録所により発行される[22]
  6.  •  インド
     土地及びその上の建物の私有が認められるが、外資の直接取得は認められない。外資が土地を取得するには、インド国内法人の子会社を設立して同社が、政府系(又は私企業)の工業団地もしくは個人の所有地を購入するのが現実的とされる。
     土地の取得に関しては、所有権者を容易に特定できず、紛争・訴訟が多い。土地利用と不動産の権利が厳しく制限され、用途変更が規制されて自由に使えないこともある。

 ⑵ 用途規制
 土地の利用は、多くの国・地方政府等が公益の観点から土地区画整理・都市再開発規制等を行い、用途・高さ・建蔽率・容積率等を規制している。
 日本では、国土利用計画法・都市計画法・都市再開発法・建築基準法・地方条例・各種の業法等で規制している。

  1. (参考) 事業所税〈追い出し税〉
    指定都市等[23]の大都市が、事業所で事業を行う法人・個人に対して事業所床面積(資産割)及び従業者給与総額(従業者割)を課税標準として事業所税[24]を課している。この税は、交通渋滞対策・医療施設・公害防止等の都市環境の整備・改善に関わる事業に充てられる目的税で、大都市への人口・企業の集積に起因する財政需要負担を原因者に求めるものだが、1975年の創設時には都市部から事業者を立ち退かせる「追い出し税」と言われた。

 ⑶ 環境保護
 工場・研究所等の事業用地を売買・使用する際は、都道府県をはじめとする行政機関に所定の届出・報告等を行い、必要に応じて次の汚染防止策を講じる。

  1. (a)  土壌汚染については土壌汚染対策法[25]で、土壌の調査、汚染の除去、汚染土壌の搬出・処理等を行うことが義務付けられている。
  2. (b)  農用地の汚染防止は、農用地の土壌の汚染防止等に関する法律[26]による。

 


[1] コンクリート廃材・瓦・岩石・産業廃棄物・医療廃棄物・古代遺跡等

[2] 例外的に、1947~1950年に連合国総司令部(GHQ)の指揮下で行われた農地解放では、地主が所有する農地を政府が強制的に廉価で買い上げ、実際に耕作している小作人に廉価で譲渡された。これは、後年の農業大規模化の阻害要因の一つになったとされる。

[3] 土地収用法は、①事業認定手続(国土交通大臣、都道府県知事)と、②収用裁決手続(権利取得裁決、明渡裁決)を規定する。なお、公共の利害に特に重大で緊急を要する事業土地等の取得については「公共用地の取得に関する特別措置法」参照

[4] 米国、イギリス、オーストラリア、ベトナム、インドの説明は、国土交通省HP「海外建設・不動産市場データベース 不動産に関する法制度」を基礎とし、筆者がまとめたものを記載している。

[5] 「中国経済六法 2016年版」日本国際貿易推進協会 から引用

[6] 国有土地使用権払下譲渡条例12条

[7] 中国土地管理法44条は、農業用地の建設用地への転換について定める。

[8] 参考文献として「アメリカ近代的土地所有権序論」金山正信著 法律文化社 1984年11月23日発行、「アメリカの土地制度」マリオン・クラウソン著 小沢健二訳 大明堂 1981年5月29日発行

[9] 「アメリカの不動産登記制度について」瀬々敦子 民事研修 No.614・2008・6  2頁以降に州による相違点を紹介。

[10] Fee simple absolute(日本の所有権に近い。使用・収益・処分を将来にわたってできる権利。大半の州で無遺言相続が可能。)と、Fee simple defeasible(譲与に際して一定の条件を付け、その条件が発生した場合に消滅する不動産権)がある。

[11] 参考文献として「イギリス土地所有権法研究」戒能通厚著 岩波書店 1980年4月23日発行

[12] 「近代的土地所有」椎名重明著 1973年 東京大学出版会 47頁

[13]「イギリスにおける地主的土地所有の後退」柘植徳雄 農業総合研究 第44巻第4号 10~12頁 によれば、イングランドおよびウェールズにおける借地比率は第1次大戦終了時1912年に全農地の89%であったが、1985年には39%に低下した。

[14]「ヨーロッパの土地法制 フランス・イギリス・西ドイツ」稲本洋之助・戒能通厚・田山輝明・原田純孝編著 1983年 東京大学出版会 169~171頁、279頁参照。

[15] 「英国不動産法(西垣剛著 1997年 信山社出版)」は、国民は土地を国王から借りて保有している、と説明している。

[16] JETRO「外資に関する規制 英国 外国企業の土地所有の可否」

[17] 1956年の土地登記法。「イギリス土地登記制度の研究」2011年 金光寛之著 慶応義塾大学出版会(株)参照。

[18] 憲法53条、土地法4条

[19] 基本的に50年以下。大規模プロジェクト等については70年まで許可される。

[20] ベトナム土地法183~185条

[21] ベトナム住宅法5条(住宅所有権の保護)、7条(住宅を所有することができる者)、117条(住宅取引の形式)、第8章第3節129~133条(住宅の賃貸借)

[22] ベトナム住宅法66条

[23] ①東京都及び政令指定都市、②首都圏の既成市街地及び近畿圏の既成都市区域を有するもの、③人口30万以上の都市のうち政令で指定するもの、のいずれかに該当する地方公共団体。(地方税法701条の31)

[24] 地方税法701条の30、701条の31、701条の32、701条の33、701条の40、701条の42、701条の43、701条の73

[25] 土壌に含まれると人の健康に害を生ずるおそれがあるとして政令で定める「特定有害物質」を対象にしている(土壌汚染対策法2条。同法は2002年5月制定)。鉛・砒素・トリクロロエチレン・その他の物質(放射性物質を除く)。

[26] 1970年12月制定

 

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