日本企業のための国際仲裁対策(第27回)
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第27回 国際仲裁手続の中盤における留意点(2)-書証の提出
1. 書証の重要性
国際仲裁においても、訴訟同様、書証が重要な意味を持つ。特に、仲裁の対象となっている事象が生じた当時に、紛争となることを意識せずに作成された証拠は、「contemporaneous evidence」と呼ばれ、仲裁を有利に進めようとの作為が介在する可能性が低いことから、客観性と証明力が高いとされる。
このような書証と比べ、証人の供述は、様々な理由に不正確となりやすいというのは、国際仲裁の実務においても共通認識である[1]。そこで、書証がより重視される傾向にあり、書証をいかに効果的に提出するかが、各当事者にとって重要な課題となる。
2. 仲裁法及び仲裁規則の定め
書証の提出について、仲裁法及び仲裁規則は、特に具体的な定めを設けていない。例えば、日本の仲裁法が定めていることは、当事者の合意があれば原則としてそれに従うことと、当事者の合意がなければ、仲裁廷が証拠に関する判断を行うといった程度である(26条1項及び3項)。
仲裁機関の規則においても、書証の提出につき詳細な定めはなく、例えばICC(国際商業会議所)の規則においては、仲裁廷が書証の検討をした後にヒアリングを実施することと、仲裁廷が当事者に対して追加証拠の提出を求められるといった程度のことが定められているだけである(25.2項、25.5項)。
その結果、当事者の合意がなければ、書証の提出について仲裁廷を拘束するものはほとんどなく、仲裁廷が広範な裁量を有することになる。
3. IBA証拠規則
但し、国際仲裁における証拠の取り扱いについては、IBA(国際法曹協会)が規則を作成している(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration。以下「IBA証拠規則」という)。IBA証拠規則は実務で広く受け容れられており、多くの仲裁手続がこの規則に従い、あるいは、規則を意識して実施されている。
なお、IBA証拠規則は、当然に当事者を拘束するものではなく、これが拘束力を持つには、①そのことを当事者が合意するか、あるいは②仲裁廷がその手続的な裁量権限により、IBA証拠規則に従うことを命じるかのいずれかが必要である。
IBA証拠規則の内容であるが、次の9つの章からなっている。
- 第1章 適用範囲
- 第2章 証拠に関する論点についての協議
- 第3章 書証
- 第4章 事実に関する証人
- 第5章 当事者が選任する専門家
- 第6章 仲裁廷が選任する専門家
- 第7章 検証
- 第8章 ヒアリング
- 第9章 証拠能力及び証拠評価
このうち書証の提出に直接関係するのは、第3章であるところ、14の項からなる第3章は、その多くが証拠収集(ディスカバリー)について定めるものである。すなわち、IBA証拠規則も書証の提出について詳細な定めを置くものではなく、仲裁廷の裁量を特段制限するものではない。
IBA証拠規則が書証の提出について定めていることとしては、例えば、各当事者は、主張において依拠する文書は、入手可能である限り、相手方が既に書証として仲裁手続に提出している場合を除き、仲裁廷と相手方当事者に提出しなければならないということがある(第3章1項)。すなわち、積極的な書証の提出が、当事者に求められている。
4. 証拠能力
証拠能力とは、証拠として供する資格のことである。英語では、「admissibility」という用語が用いられる。証拠能力を欠く証拠は、提出が認められず、仲裁廷や裁判官の判断の基礎とすることができない。
日本の民事訴訟では、証拠能力が問題となることはないが、米国の民事訴訟では、伝聞証拠の排除といった、証拠能力に関する様々なルールがある。なお、米国においてこのようなルールがある背景としては陪審制度があり、法的手続の専門家ではない陪審員を誤導するような証拠を排除することに趣旨があると言われている。
国際仲裁では、弁護士等の専門家が仲裁人になることもあり、米国の民事訴訟のように証拠能力が問題となることは、少なくとも一般的にはない。
なお、証拠能力が争われた場合、この点に関する定めは仲裁法にも仲裁規則にも特にはないことから、基本的に、仲裁人の裁量による判断に委ねられることになる。
5. 提出時期
書証の提出時期については、仲裁廷が定めたスケジュールにより定まるというのが基本である。なお、仲裁廷からは、「Procedural Order」といった命令の形式でスケジュールが示されることが一般的である。
書証の一般的な提出時期は、主張書面の提出時である。すなわち、各当事者が、主張書面と共に、そこで依拠した書証を同時に提出するというのが一般的である。
仲裁廷が定めた提出期限後に、追加で書証を提出することは、基本的には許されないことである。但し、合理的な理由があれば、仲裁廷がその裁量により、許容する可能性もある。
6. 提出方法
書証の提出方法につき、特段のルールは見当たらないが、仲裁廷から指示があれば、それに従うことになる。
日本の民事訴訟では、書証を提出する際には、証拠説明書の提出が求められ、そこでは文書の標目、作成者及び立証趣旨を明らかにしなければならない(民事訴訟規則137条1項[2])。これに対し、国際仲裁の実務では、このような証拠説明書の提出は通常は行われていない。せいぜい、証拠の標目が記載されたリスト(list of exhibits)が提出される程度である。
但し、上記のとおり、国際仲裁において書証は重要であり、書証の内容を仲裁人に十分に理解してもらう必要がある。この点を留意の上、主張書面の記載等において配慮ないし工夫をすることは重要である。
7. 翻訳
仲裁手続の言語とされた言語以外で作成された書証については、仲裁手続の言語の翻訳を併せて提出する必要がある(IBA証拠規則第3章12項(d))。日本の民事訴訟においては、日本語以外で作成された書証につき、日本語の翻訳を提出する必要があるところ(民事訴訟規則138条1項)、これと同様のことである。
なお、翻訳は、書証全てについて作成する必要は必ずしもなく、立証として必要な部分に限定して翻訳を作成すれば足りるというのが通常である。
また、国際仲裁では、言語が複数指定されることがある。例えば、仲裁手続の言語が英語と日本語とされた場合、日本語の文書についても、英語の文書についても翻訳は不要となり、この点で省力化となる。
8. 仲裁廷による証拠収集の可能性
必ずしも一般的ではないが、仲裁法及び仲裁規則上は、仲裁廷が自ら証拠収集を行うことは排除されていない。
但し、HKIAC(香港国際仲裁センター)が発行している「Hong Kong Arbitration 100 Questions & Answers[3]」の質問74について述べられているとおり、仲裁廷が自ら証拠収集を行った場合には、これを当事者双方に開示し、この証拠について主張する機会を与えることが必要不可欠である。仮にこの手続を仲裁廷が怠るならば、後に仲裁判断の取消等の原因になる可能性がある。
以 上
[1] 但し、相対的には、英米法系の仲裁人は、ドイツ、フランス、日本といった大陸法系の仲裁人よりも、証人の供述を重視する傾向にある。
[2] 民事訴訟規則で明示的に求められていないが、日本の民事訴訟の実務上は、証拠説明書において、文書の作成日時と、原本の提出の有無を明らかにすることが一般的である。
[3] HKIACのホームページで入手可能である。
http://www.hkiac.org/sites/default/files/ck_filebrowser/PDF/arbitration/100%20QnA.pdf