◇SH1098◇日本企業のための国際仲裁対策(第32回) 関戸 麦(2017/04/06)

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日本企業のための国際仲裁対策

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

 

第32回 国際仲裁手続の中盤における留意点(7)-ディスカバリーその2

3. ディスカバリーの拒否の基準

 ディスカバリーとして、相手方当事者からの証拠収集が認められるか否かは、前回(第31回)述べたとおり、当事者が合意で定めていなければ、基本的に仲裁廷がその裁量で判断することになる。但し、その判断において中心となる視点は二つであり、一つは、当該仲裁事件との関連性(relevant to the case)の有無であり、他の一つは、当該仲裁事件の結果にとって重要である(material to its outcome)か否かである。例えば、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)の規則では、仲裁廷が当事者に文書提出を求める要件として、上記2点を明示している(27項f。但し、上記2点が満たされた場合に、仲裁廷が文書提出を命じる権限がある(shall have the power)という定め方であり、上記2点が満たされたとしても、文書提出を認めない余地がある定め方となっている)。

 HKIAC(香港国際仲裁センター)の規則にも同旨の規定がある(22.3項)。但し、HKIACの規則では、提出を求めるものが文書に限定されておらず、他の証拠も提出が求められると定められている。

 なお、JCAA(日本商事仲裁協会)の規則では、上記2点の代わりに、「一方の当事者の所持する文書の取調べの必要があると認めるとき」という表現を用いている(50条4項)。

 相手方当事者から文書等の証拠の提出が求められた場合、争う方法としては、以上のとおり、当該仲裁事件との関連性を欠くことと、当該仲裁事件の結果にとって重要ではないことを主張することが考えられるところ、その他にも争うための主張が考えられる。IBA(国際法曹協会)が作成したIBA証拠規則(IBA Rules on the Taking of Evidence in International Arbitration)[1]によれば、以下の事由があるときは提出物から排除しなければならないと定められているため(第9章2項)、以下の事由は文書等の証拠の提出を争う事由になると解される。

  1. •  当該仲裁事件との十分な関連性の欠如
  2. •  当該仲裁事件の結果にとっての重要性の欠如
  3. •  仲裁廷が適用されると判断した法令又は倫理規則上の法的障害(legal impediment)
  4. •  秘匿特権
  5. •  証拠の提出要求に応じることが不合理な負担となるとき
  6. •  文書の紛失又は毀損が合理的に示されたとき
  7. •  営業上又は技術上の秘密であるとの理由により、仲裁廷がやむを得ないと判断したもの
  8. •  政治的にあるいは機関において特別にセンシティブ(政府又は公的機関において秘密として扱われている証拠を含む)であるとの理由により、仲裁廷がやむを得ないと判断したもの
  9. •  手続の経済性、均衡、公正、又は当事者間の公平の考慮により、仲裁廷がやむを得ないと判断したもの

 

4. ディスカバリーを行うタイミング

 相手方当事者からの証拠収集を行うタイミングに、仲裁機関の規則上、特に限定はない。この点、HKIACの規則では、「仲裁のいかなる時期においても(At any time during arbitration)」と、タイミングに限定がないことが明示されている(22.3項)。

 但し、ディスカバリーを要求できる期間は、当事者の合意によって、又は仲裁廷の決定によって限定されうる。そのような限定がある場合は、当事者は、その期間内にディスカバリーの要求をしなければならない。この点IBA証拠規則においても、当事者は、「仲裁廷が定めた期間内に」文書提出要求を提出することができると定められている(第3章2項)。

 国際仲裁では多くの場合、ディスカバリーを要求できる期間は、当事者が主張書面の提出を完了した後に限定される。この段階に至れば、争点が相当程度明確であることが期待できるため、争点にとって真に重要なものに限定してディスカバリーを行うことが期待できる。

 このディスカバリーのあり方は、米国の民事訴訟におけるディスカバリーと対照的である。米国の民事訴訟では、先にディスカバリーを行い、主張はその後のトライアルで提示する。この方法の場合、ディスカバリーを行う段階では争点が必ずしも明確ではないため、ディスカバリーの範囲を絞り込むことは難しくなる。

 もっとも、米国の民事訴訟のようなタイミングで、国際仲裁のディスカバリーを行うことは、特に禁止はされていない。当事者の合意によって、あるいは仲裁廷の判断によって、主張書面の提出前に、ディスカバリーを行うことも可能である。

 また、複数の段階においてディスカバリーを行うことも可能である。例えば、管轄(仲裁合意)の有無が争われている場合には、この点に関してのみ、仲裁手続の初期の段階でディスカバリーを行うことがある。

 責任論と損害論とに分けて手続が進められている場合にも、それぞれの段階毎に分けて、ディスカバリーを行うことがある。

以 上



[1] IBAのホームページで入手可能である。ここでは、英文のみならず、日本仲裁人協会が作成した和訳も入手可能である。
  http://www.ibanet.org/Publications/publications_IBA_guides_and_free_materials.aspx

 

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