◇SH1140◇実学・企業法務(第44回) 齋藤憲道(2017/05/01)

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実学・企業法務(第44回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

3. 製造・調達

(1) 信頼できる調達先を確保し、競争力ある生産体制を構築

b. 日本では、下請法の遵守が重要
 日本では、親事業者が下請事業者と特定の取引を行う場合は、下請代金支払遅延等防止法(下請法)[1]を遵守しなければならない。下請法は独占禁止法の補完法として、独占禁止法が禁止する「優越的地位の濫用」を明確かつ具体的に定め、企業の実務への適用を容易にする役割を担っている。一方、公正取引委員会と中小企業庁は、下請法の運用状況の監視(書面調査、立入検査等)・指導を通じて、独占禁止法を日常の企業活動の中に定着させている。
 下請法は、下記の「A. ①〔製造委託、修理委託、政令で定める特定の情報成果物作成委託と役務提供委託、を規制〕及び②の2要件に該当する取引」、及び、「B. ③〔情報成果物作成委託と役務提供委託を広範に規制〕及び④の2要件に該当する取引」に適用される。
 適用対象範囲の取引については、親事業者が下請事業者に対して行う受領拒否、下請代金の支払い遅延、下請代金の減額、不当返品、買いたたき、物の強制購入・役務の利用強制、報復措置、有償支給原材料等の対価の早期決済、割引困難な手形の交付等が「禁止」[2]され、発注内容の書面交付[3]、適正な支払期日の設定[4]等を行うことが「義務」付けられる。


A. 次の①及び②の2要件に該当する取引

  1. ① 取引内容の要件:次の⑴~⑷のいずれかの委託取引[5]であること。(下請法2条5~7項)
  2.  ⑴物品の製造委託
  3.  ⑵物品の修理委託
  4.  ⑶政令で定める情報成果物の作成委託
    「政令で定める情報成果物」とは、「プログラム」をいう[6]
  5.  ⑷政令で定める役務の提供委託
    「政令で定める役務」とは、「運送[7]」「物品の倉庫における保管」「情報処理」をいう。
         (下請法2条7項1号、下請代金支払遅延等防止法施行令1条2項1~3号)
  1. (注) 請負建設工事
    建設業法に規定される請負建設工事は下請法の対象にならない(下請法2条4項)が、建設業法の中に下請法と同様の規定がある。
  1. ② 資本金の要件:次の(1)、(2)のいずれかに該当すること。(下請法2条7項1~2号、8項1~2号)
  2.  ⑴資本金3億円超の会社(親事業者)が、資本金3億円以下の会社又は個人事業者(下請事業者)に、上記A-①を行う場合
  3.  ⑵資本金1,000万円超~3億円以下の会社(親事業者)が、資本金1,000万円以下の会社又は個人事業者(下請事業者)に、上記A-①を行う場合
  1. (注) 親事業者と下請事業者は資本金額(又は、出資金の総額)の大小によって定義され、利益額・総資産額・従業員数等は考慮されない。

B.次の③及び④の2要件に該当する取引

  1. ③ 取引内容の要件:次の(1)、(2)のいずれかの委託取引であること。
  2.  ⑴「『政令で定める情報成果物(プログラム) 』を除く情報成果物」の作成委託
         (下請法2条6項1~4号、下請代金支払遅延等防止法施行令1条1項)
    「政令で定められていない情報成果物」は、次のものである。(下請法2条6項2号、3号)
    2号 映画、放送番組その他影像又は音声その他の音響により構成されるもの[8]
    3号 文字、図形、記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合により構成されるもの[9]
  3.  ⑵「『政令で定める役務(運送、物品の倉庫における保管、情報処理)』を除く役務」の提供委託
    「政令で定められていない役務」として、自動車整備、ビルメンテナンス、商品の店頭配布、ソフトウェアの顧客サポートサービス、冠婚葬祭式の司会進行、旅行の宿泊施設・交通機関の手配等の役務が挙げられる[10]
  4. ④ 資本金の要件:次の(1)、(2)のいずれかに該当すること。(下請法2条7項3~4号、8項3~4号)
  5.  ⑴資本金5,000万円超の会社(親事業者)が、資本金5,000万円以下の会社又は個人事業者(下請事業者)に、上記B-③を行う場合
  6.  ⑵資本金1,000万円超~5,000万円以下の事業者(親事業者)が、資本金1,000万円以下の会社又は個人事業者(下請事業者)に、上記B-③を行う場合

 実際の委託取引には多様な類型があり、下請法の対象になるか否か判然としない場合もある。また、委託事業者が自ら利用する役務は下請法の規制対象ではないとされるが、その判定に迷うこともある。このように不明な点があれば、公正取引委員会又は中小企業庁に確認して無用なトラブルの発生を未然に防ぎたい[11]

 企業における下請法の遵守状況については、公正取引委員会と中小企業庁が親事業者と下請事業者に書面調査を行い、必要に応じて親事業者の取引書類の調査・立入検査を実施する。

  1. (注) 事業者が実質的に支配する資本金3億円以下(又は5,000万円以下)の子会社を通じて行う一定の委託取引(再委託)は「トンネル会社」を用いた脱法行為であるとして、下請法の規制対象になる[12]

 公正取引委員会は、違反親事業者に対して是正等を勧告[13](下請法7条)したときは、原則として事業者名・違反事実の概要・勧告の概要等を公表する。

  1. (注) 中小企業庁長官は、違反親事業者に対して行政指導するとともに、公正取引委員会に措置請求する(下請法6条)。

 親事業者が公正取引委員会の勧告に従わないときは、独禁法に基づく排除措置命令・課徴金納付命令を行う(独占禁止法20条~20条の6)。

 書面の交付義務違反・書類の作成及び保存義務違反・報告徴収に対する拒否等を行った個人・法人に対しては罰金刑が科される[14]

  1. (注) 外国企業が日本の中小企業に発注する取引については、下請法は適用されていない[15]。また、現在、多くの日本企業が海外に製造子会社を設立しているが、この海外子会社と日本の下請との取引に下請法が適用されるか、又は、トンネル会社規制が適用されるかは不透明である。
    特に、ソフトウェアの場合は、製品の受発注・納品等が通信回線で行われ、下請事業者の作業現場が所在する国によって業務内容が変わることはない。経済がグローバル化する中で、下請法のあり方が問われる。

 


[1] 日本に特有の法律であり、韓国を除く外国に、この種の法律は見当たらない。

[2] 下請法4条1項、2項

[3] 下請法3条

[4] 親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して60日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない。(下請法2条の2)

[5] 下請法2条1項~4項、下請代金支払遅延等防止法施行令1条1~2項、下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(平成28年12月14日 公正取引委員会事務総長通達第15号)

[6] 下請代金支払遅延等防止法施行令1条1項。下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準は、例として、テレビゲームソフト、会計ソフト、家電製品の制御プログラム、顧客管理システムを挙げている。

[7] 下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準は、次を運送の例として挙げている。①貨物自動車運送業者が、請け負った貨物運送のうちの一部の経路における運送を他の貨物自動車運送業者に委託すること。②貨物自動車運送業者が、貨物運送に併せて請け負った梱包を梱包業者に委託すること。③貨物利用運送事業者が、請け負った貨物運送のうちの一部を他の運送事業者に委託すること。④旅客自動車運送業者が、請け負った旅客運送を他の運送事業者に委託すること。⑤内航運送業者が、請け負う貨物運送に必要な船舶の運航を他の内航運送業者又は船舶貸渡業者に委託すること。

[8] 下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準は、例として、テレビ番組、テレビCM、ラジオ番組、映画、アニメーションを挙げている。

[9] 下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準は、例として、設計図、ポスターのデザイン、商品・容器のデザイン、コンサルティングレポート、雑誌広告を挙げている。

[10] 下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準は、次の例を挙げている。①自動車ディーラーが、請け負う自動車整備の一部を自動車整備業者に委託すること。②ビルメンテナンス業者が、請け負うメンテナンスの一部たるビルの警備を警備業者に委託すること。③広告会社が、広告主から請け負った商品の総合的な販売促進業務の一部の行為である商品の店頭配布をイベント会社に委託すること。④ビル管理会社が、ビルオーナーから請け負うビルメンテナンス業務をビルメンテナンス業者に委託すること。⑤ソフトウェアを販売する事業者が、当該ソフトウェアの顧客サポートサービスを他の事業者に委託すること。⑥冠婚葬祭事業者が、消費者から請け負う冠婚葬祭式の施行に係る司会進行,美容着付け等を他の事業者に委託すること。⑦旅行業者が、旅行者から請け負う宿泊施設、交通機関等の手配を他の事業者に委託すること。

[11] 公正取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会テキスト(平成28年11月)」及び「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準(平成28年12月14日 公正取引委員会事務総長通達第15号)」参照

[12] 下請法2条9項

[13] 平成27年度(2015年度)の実績: 勧告4件、指導件数5,980件(過去最多)、親事業者236名から下請事業者7,760名に合計13億2,622万円相当の原状回復(下請代金の減額分返還等)を実現。

[14] 下請法10条~12条

[15] 中小企業庁ホームページ「中小企業向けQ&A集(下請110番)Q13.海外法人との取引」で、『外国の法律に基づき設立された企業が日本国内に在住する企業に発注した場合、この外国企業に対して下請代金法が適用されるかについては、外国で行われた行為又は外国に在住する企業に対して、自国の下請代金法を適用できるかという、「域外適用」の問題が生じます。下請代金法の趣旨が日本の下請事業者の不利益を擁護しようとするものである以上、外国企業に対しても下請代金法を適用すべきという考え方もありますが、現時点においては、国は運用上、海外法人の取締まりを行っていません。』と説明している。

 

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