改正銀行法の成立とこれを踏まえた実務対応(5・完)
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業
弁護士 落 合 孝 文
弁護士 谷 崎 研 一
四 改正銀行法の解説と実務対応(承前)
6. 施行期日
改正銀行法は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされている(改正銀行法附則第1条)。
7. 経過措置等
(1) 電子決済等代行業者との連携・協働に係る方針の策定・公表
銀行には、公布の日から起算して9月を経過する日までに、主務省令で定めるところにより、電子決済等代行業者との連携及び協働に係る方針を決定し、これを公表する義務が課せられる(附則第10条)。
この「電子決済等代行業者等との連携及び協働に係る方針」の具体的内容については、今後の内閣府令を待つ必要があるものの、「公布の日」(施行日ではなく)から起算して9月を経過する日までに決定・公表することが義務付けられることになるため、十分に留意する必要がある。なお、この内閣府令案については、改正銀行法における他の内閣府令案に先立って公表されると思われる。この府令の内容及びこれがパブコメに付された後に示される金融庁の考え方を参考にしつつ、各銀行において、方針を策定する必要がある。
かかる方針案を策定するに際して、次の点についても考慮する必要があるように思われる。
ア.基本方針について
オープンAPIに限らず、電子決済等代行業者との間での提携・協働方針を示す必要があるものと考えられる。FinTechの観点からは、FinTech企業とのオープン・イノベーションを推進していくこととしつつ、他方で、顧客保護・セキュリティ確保を図っていくことが重要と思われる。すなわち、銀行・決済システムの安定性及び利用者保護の観点から情報セキュリティ確保、顧客情報等の適切な取扱い等にも十分に配慮しつつ、金融とIT(情報技術)を融合したFinTechの進展等の環境変化に対応していくため、電子決済等代行業者との間でオープン・イノベーション(外部との連携・協働による革新)を積極的に取り進め、利用者の利便性確保や企業の生産性向上等に資するため、顧客の視点に立ったイノベーションを推進していく姿勢を明確にすることが求められているものと思われる。
イ.API開放についての方針
改正銀行法の目玉の1つがAPI開放に向けた努力義務であることから、銀行として、APIを開放する方針について明らかにする必要があるものと思われる(逆に、何らかのやむを得ない事情により、当面は開放しないとする場合には、その理由について明確にする必要があるものと思われる)。
このAPI開放についての方針を策定するに際しては、本年5月30日に閣議決定された「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画について」73頁において、「安心・安全を確保しつつ、データ連携を実現するため、オープン API の推進に係る更なる課題について検討するとともに、平成 32 年までにオープン API の導入銀行数 80 行程度以上を目指す。」としてオープンAPIを導入した銀行数が、新たにKPI(重要業績評価指標)として設定されていることについても十分に考慮する必要があろう。
加えて、前述の通り、決済指図伝達サービスと口座情報サービスとでは、サービスに対するリスクが質的に異なることから、APIを開放するとした場合であっても、各サービスごとに銀行としての取り組み方針を明確にすることが求められる可能性がある。
(2) 既存の電子決済等代行業者についての登録猶予
改正銀行法の施行日に、現に電子決済等代行業を営んでいる者は、改正銀行法の施行日から起算して6月間は、改正銀行法第52条の61条の2の規定にかかわらず、当該電子決済等代行業を営むことができることとされる(附則第2条第1項)。
これは、現時点においても、口座情報サービスや決済指図伝達サービスを提供しているFinTech企業や決済代行ないし出納代行等の事業者が存在していることから、これらの企業が施行日後に業務を営むことができなくなることを防止する趣旨であると考えられる。
(3) 口座情報サービス事業者との契約締結義務猶予
施行日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日までは、改正銀行法第52条の61の10の規定の適用については、「第二条第十七項各号」とあるのは「第二条第十七項第一号」というように読み替えられる(附則第2条第4項)。すなわち、口座情報サービス事業者(第2号事業者)との間では、施行日から2年以内の政令指定日までは銀行と契約を締結する義務が猶予されることになる。
利用者からID・PWを預かり、アカウント・スクレイピングの方法により銀行口座の取引情報を取得する事業者については、特段、銀行と契約を締結することなくサービスを行っていることから、施行日から2年以内の政令指定日までは契約締結を猶予するという趣旨であると思われる。逆に言えば、政令指定日以降は、アカウント・スクレイピングを行っている電子決済等代行業者についても、銀行との契約締結が義務付けられることになる。銀行にとっては、アカウント・スクレイピングの方法により銀行口座の取引情報を取得する事業者を識別することが難しい場合もありうると思われるところ、改正銀行法第52条の61の10の規定を遵守するためには、かかる電子決済等代行業者からの申告を待つことになるが、銀行としても自行のHPに掲示するなどして電子決済等代行業者に対して自行との契約を促すような対応が必要になる可能性がある。
(4) オープンAPI導入にかかる体制整備努力義務
電子決済等代行業者との間で改正銀行法第52条の61の10第1項の契約を締結しようとする銀行は、施行日後2年以内の政令指定日までに、当該電子決済等代行業者が、その営む電子決済等代行業の利用者から当該利用者に係る識別符号等を取得することなく当該銀行に係る電子決済等代行業等を営むことができるよう、体制の整備に努めなければならないとされている(附則第11条第1項)。ここで、「識別符号等」とは、銀行等が、電子情報処理組織を利用して行う役務の提供に際し、その役務の提供を受ける者を他の者と区別して識別するために用いる符号その他の情報を指すものとされているので(附則同条第2項)、この規定は、利用者を識別するような符号等の情報を利用者から取得しない方法、すなわち、API連携を行うための体制の整備に努めなければならないことを意味すると考えられる。
文言上は努力義務と規定されているものの、以下の事由に鑑みれば、銀行としては、API開放を行うことが強く期待されているものと理解する必要があるように思われる。
- - 上記7(1)イ. において記載の通り、「未来投資戦略2017」の素案において、平成32年今後3年以内(2020年6月まで)に、80行程度以上の銀行におけるオープンAPIの導入を目指すことが、新たにKPI(重要業績評価指標)として設定されていること。
- -「未来投資戦略2017」の素案において、銀行によるオープンAPIの取組の進捗状況として、API を提供する銀行の数や銀行が電子決済等代行業者と契約した数、電子決済等代行業者として登録した者の数等についてフォローアップを行うこととされていること。
- - 金融制度WG報告においても、「FinTechによるイノベーションを通じ、利用者利便や企業の生産性向上、ひいては、我が国金融・経済の発展が図られるようにしていくことを目指すべき」という強い意向が示されていること。
五 最後に
1. 他業種への波及可能性
今回の銀行法改正においては、銀行によるAPI開放についての努力義務が課せられたところが注目される。電子マネー等の様々なIT関連の決済サービスが登場する中でも、そのファイナリティ付与には銀行預金の決済機能が広く利用されていることから、銀行APIにつき先陣を切って開放の方向性が示された可能性もある。このように考えると、API開放は、特に銀行口座に限った話ではなく、クレジットカード業界、保険業界、証券業界にも議論が移っていく可能性がある。現に、経済産業省においては、「クレジットカードデータ利用に係るAPI連携に関する検討会」が開催され、平成29年度内の早い時期に最終報告書が取りまとめられる予定とされているし、また、メガバンググループにおいては、傘下の証券会社や投信会社などを含めてグループとしてAPI開放を予定するところも出てきている。さらに、「未来投資戦略2017」の素案において、オープンAPI やブロックチェーン技術等を活用して、官民が情報連携を行うこと等により、官民が効果的・効率的に規制・監督に係る対応を行えるようにする取組(RegTech)の推進に向けて、検討を行うこととされている。今後は、これらの金融業界全体に対する議論・波及可能性についても留意していく必要がある。
2. APIを利用した他の金融サービス
今回の銀行法改正においては、銀行口座にかかる決済・為替のところのみが改正対象とされているが、今後は、APIを利用した融資や投資信託等の金融商品の販売というところにも議論が発展していく可能性もある。「未来投資戦略2017」の素案においても、FinTech 企業等による金融サービスのイノベーションを促進するとともに、金融業における新たな技術の活用や、金融機関がIT 等によりサービス・能力を機動的に開発・展開し、周辺領域も含めて事業機会を拡大していく必要性等を十分に踏まえ、決済業務等をめぐる横断的な法制の整備等、金融機関等をめぐる法制の在り方について、更に検討を進めることとされている。
3. 銀行代理業規制の整理等
金融制度WG報告においては、銀行代理業規制に関して、電子決済等代行業者が銀行から金銭を受領する場合であっても、
- - 業者のシステムを利用して顧客が口座にアクセスできる状態を作成・維持した対価としてのシステム利用料である場合
- - 業者がそのウェブサイト上に銀行のサービスを広告したことの対価としての広告料である場合
- - 業者が顧客の承諾を得て、サービスに関して作成された会計情報等を銀行に提供する対価(情報提供料等)の場合
- - 業者に対する利用者からの手数料収入を利用者利便の観点から銀行がまとめて徴収した場合のレベニューシェアの場合等
が存在するようになっており、さらに、それらの対価の算出方法が成約高に連動しない場合があることが指摘されている。これを踏まえて、FinTechの動きの中で、様々なサービスが登場・拡大することが想定される状況下、上述のような事例が登場していることも踏まえ、銀行代理業該当性について明確化が図られるべきとされている。
これを受けて、参議院財政金融委員会においても同趣旨の附帯決議がなされており、また、「未来投資戦略2017」の素案においても、金融審議会報告で示された課題について検討を行い、オープン・イノベーションのための環境整備を推進し、さらに、FinTech 企業等の関係者において設置されたオープンAPI 検討会において、オープンAPI の推進に係る更なる課題について検討を進めることが宣言されている。
4. 小括
今回の銀行法改正によって、世界に先駆けて、オープン・イノベーション、金融EDIに向けた第一歩が踏み出されたことは画期的なことである。今後、この改正法が適切に運営されていくことにより、また、銀行代理業規制を含むオープン・イノベーションの推進にかかる更なる課題についても検討が進められることにより、金融サービスがより身近なものとなり、銀行・電子決済等代行業者・利用者間で、Win-Win-Winの関係が構築され、進展していくことを期待したい。
以 上