◇SH1463◇弁護士の就職と転職Q&A Q21「米国法弁護士資格に何の意味があるのか?」 西田 章(2017/10/30)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q21「米国法弁護士資格に何の意味があるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 SNSに、留学中の弁護士から「NY州司法試験に合格しました」と流れてくると、留学の機会を逃した同世代の弁護士からは「でも、NY州法のアドバイスをすることはないんでしょ?」というコメントがオフラインで聞こえてきます。確かに、米国法資格は「足の裏の米粒」(取らないと気持ち悪いが、取っても食えない)と呼ばれることもあります。今回は、日本人弁護士が米国法資格を取得するメリットを整理してみたいと思います。

 

1 問題の所在

 日本人にとって「米国法弁護士資格を取得することに意味があるかどうか?」については、日本の弁護士資格を持っていない法務部員にとっては、「価値がある」という認識が比較的に容易になされています。クロスボーダー案件で、外国企業の弁護士資格を持つ法務部門の担当者との交渉に際して、自分に弁護士資格がないことの肩身が狭かった、とは、度々、耳にするエピソードです。また、米国で訴訟に巻き込まれたり、司法省の調査を受けるリスクがある企業においては、「ディスカバリー対策として、弁護士・依頼者間の秘匿特権を主張できるような体制を整えておきたい」と考えたならば、法務部門のコミュニケーションの要に配置する人材には、弁護士資格を持たせておきたい、と考えることには一理あります(日本法資格でも米国法上の秘匿特権の対象となるという解釈は十分に成り立ちますが、米国法資格のほうが確実と言えます)。

 また、社員研修の一環として、法学部出身の無資格法務部員に対して、どこかの国の弁護士資格を取らせる場合に、日本法資格と米国法資格のどちらが望ましいか、という論点もありますが、法科大学院に通わせて日本の司法試験を受けさせて司法修習まで行かせるよりも、米国ロースクールのLL.M.に通わせてNY州司法試験を受けさせるほうが短期間で達成することができます(日本法資格の取得には「法律事務所に転職してしまう」というリスクも懸念されます)。

 他方、既に、日本法資格を取得している弁護士にとって、「2つ目の資格」として(米国法プラクティスをするつもりもないにも関わらず)米国法資格を取得する意義がどこにあるのか、が問題となります。

 

2 対応指針

 日本法弁護士が「米国法資格」を名刺に記入することは、国内クライアントに対して「私は海外案件を受任する意欲があります」「海外の法律事務所とネットワークがあります」という旗印を立てる効果はあります。また、外国企業又は外国弁護士からのインバウンド案件の照会に対して、「私は英語で読み書きができます」とアピールする効果があります(口頭での英語コミュニケーションに自信がない場合には効果はあります)。また、転職市場では、米国法資格を持っていない候補者は、持っている候補者に対する劣等感を拭い去れないかもしれません。

 

3 解説

(1) 国内企業に対する営業目的

 大手法律事務所や欧米系事務所に対しては、国内企業は「海外案件を依頼することもできる」という一般的な期待を抱いています。しかし、中小事務所に関しては、過去に具体的な相談をしたことがなければ、「海外案件をどこに相談すればいいのだろうか・・・」と迷ったときに、相談先の選択肢としてすぐに頭に浮かんでくるわけではありません。そのため、一時期、中小事務所は、事務所名に「国際」を入れることにより、「うちでも海外案件に対応できますよ」ということをアピールする慣行も広まりました(が、一流の事務所が「国際」とは敢えて名付けないことも受けて、最近では減ってきている印象があります)。

 実際のところ、海外案件は、現地法のアドバイスについては、現地の弁護士に相談することになりますので、日本の渉外弁護士は、単に窓口として現地の弁護士との(通訳を兼ねた)メッセンジャーボーイに過ぎないことも多いです。ただ、海外の弁護士とのネットワークを持って連絡窓口を務めることも、ドメスティックな業務に専念している弁護士には縁遠い仕事です。そのため、「米国法資格」と明示することは、海外案件を扱う意欲を示す旗印の役割は果たしています。

(2) 外国企業又は外国弁護士に対する営業目的

 外国クライアントを代理するインバウンド案件は、基本的には「日本法を扱うが依頼者には英語を用いて説明する」という業務です。そのため、「日本法+英語力」のスキルセットがあれば足りるために、「米国法資格」が要求されるわけではありません。

 そのため、帰国子女で英語が流暢な日本法弁護士であれば、口頭で、外国企業又は外国弁護士と英語でコミュニケーションを取って、インバウンド案件を獲得することもできるはずです。しかし、日本人の渉外弁護士の多くは、「英語の読み書きはできるが、英会話はジャパニーズイングリッシュ」という状況にあるのが現実です。そこで、英会話が苦手な渉外弁護士にとって、「読み書きはちゃんとできるので安心してください」という信用補完をするニーズがあります。

 大手法律事務所や特定法分野で権威があるブティック渉外事務所であれば、その事務所のブランドが信用を補完してくれる側面があります。しかし、新興事務所にとっては、「英語は下手でもちゃんと理解しています」とアピールするためには、「米国法資格」は使い勝手が良いとも言われています。

(3) 人材市場における書面審査

 職場において、「仕事ができる奴かどうか?」は、実際に仕事を一緒にした上司、同僚又は相手方には理解されています。それは資格の有無では定まりません。しかし、転職時においては、実際に仕事をしたことがない「見ず知らずの人」の審査を受けなければなりません。特に、多数の志願者が集まる人気のあるポストでは、書類選考の倍率も高くなります。書類審査における「形式審査」では、「米国法資格もある候補者」と「米国法資格がない候補者」を見比べたら、「米国法資格もある」ほうが優位に位置付けられます(もしかしたら、「米国法資格取得に投資した時間」を、すべて実務に振り向けているほうが優位な経験値を得ているかもしれないのですが、それは書面からは読み取れません)。結果として、書類選考で米国法資格者に敗れると、「自分は資格がないから落とされたのだ」と思い込みがちであり、そのコンプレックスは払拭することができません。

 また、社内の人事でも(スタッフレベルであれば、実力本位で決められますが)、役員クラスになれば、「株主への見え方」も意識することになります。この点、「海外子会社も含めた企業グループとしてのコンプライアンス管理」を経営課題として標榜した場合には、米国法資格がある者を役員クラスに昇進させるほうが、その姿勢を対外的に示しやすい、という利点も生まれます。

以上

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