日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第45回 和解その3
7. 仲裁と調停の組み合わせ(Arb-Med-Arb)
(1) Arb-Med-Arbの概要
仲裁と調停を組み合わせる方法は、大きく分けて二通りある。一つは、調停を先行させ、調停から仲裁へと移行するものである。他の一つは、仲裁を先行させ、仲裁から調停へと移行するものである。
Arb-Med-Arbとは、SIAC(シンガポール国際仲裁センター)とSIMC(シンガポール国際調整センター)が共同して推奨しているものであるところ、類型としては仲裁から調停へと移行するものである。
但し、SIAC及びSIMCのArb-Med-Arbでは、仲裁手続の早期の段階で、調停を実施することを求めている。SIAC及びSIMCは、Arb-Med-Arb Protocol(議定書)[1]を作成しているところ、そこでは、申立書及び答弁書の提出があり、仲裁廷が成立した(仲裁人選任が完了した)後、SIACでの仲裁手続の方は停止して、SIMCでの調停手続を実施することが求められている(5項)。
また、SIMCでの調停手続は原則として8週間以内に終了させることとし、その間に和解がまとまらない場合には、SIACでの仲裁手続が再開することが定められている(6項から8項)。
このように「調停手続が始まるタイミング」と「調停手続が終わるタイミング」が明確になっており、また、「調停手続の間は仲裁手続が停止すること」と「調停手続が終わった場合には仲裁手続が再開すること」が明確になっている。これがArb-Med-Arbの特徴といえる。
(2) Arb-Med-Arbのメリットとコスト
前回(第44回)の1項で述べたとおり、国際仲裁においては当事者が自ら和解の契機を作る必要がある。Arb-Med-Arbのメリットとしては、そのような和解の契機が確保できることにある。
但し、和解の契機を確保する方法としては、その他に調停を仲裁に先行させる方法(調停前置)もある。仲裁条項において、調停前置が定められることは珍しくない。
Arb-Med-Arbを調停前置と比較した場合、メリットとしては4つ考えられる。
第一に、より緊張感を持った和解協議が期待できる。申立書及び答弁書が提出され、仲裁廷も構成された後であり、また、Arb-Med-Arb Protocol(議定書)という規則のもとで、上記のとおり原則8週間以内という期間制限があるなかで、調停(和解協議)が行われる。そのため、調停から始まる場合と比べて、仲裁手続のプレッシャーがより強く感じられ、より緊張感を持った和解協議になると期待できる。
第二に、消滅時効の成立や出訴期間の経過をより早期に阻止することができる。すなわち、調停前置の場合、最初の調停申立ての段階では、準拠法次第ではあるが、消滅時効の成立や出訴期間の経過を阻止できない可能性がある。これに対し、Arb-Med-Arbの場合、最初から仲裁を申立てる形式となるため、その申立の時点で消滅時効の成立や出訴期間の経過を阻止することができる。
第三に、調停前置の場合、この調停手続が完了していないとして、仲裁手続の管轄が争われうる。すなわち、調停前置によって争いの要素が増える可能性があるところ、Arb-Med-Arbの場合には、仲裁手続から開始するため、その管轄が、上記の調停前置の場合のように争われることはない。
第四に、和解が成立した場合に、その内容で仲裁廷が仲裁判断を下すという手続が用意されており、その場合、後述のとおり、和解に執行力が生じる。この執行力は、ニューヨーク条約の枠組みのもと、その締約国の裁判所で尊重されるものである。したがって、和解の履行の確実性を高めうるものとなっている。
もっとも、これらのメリットがどれほどの意味を持つかは、事案次第である。例えば、消滅時効の成立や出訴期間の経過までに、相当の時間的余裕がある場合には、第二のメリットはあまり意味を持たない。
他方、Arb-Med-Arbは、コスト面で調停前置と比較すると、仲裁人の選任が常に必要となる点においてコストが高くなる可能性がある。
Arb-Med-Arbと調停前置のいずれが望ましいかは一概には言えず、以上のメリットとコストを踏まえ、個別に判断するよりほかない。
(3) Arb-Med-Arbの手続の流れ
SIAC及びSIMCのArb-Med-Arb Protocol(議定書)によれば、この手続によることが予め仲裁条項に定められていた場合には、概要以下の流れとなる。
- ① 申立人(Claimant)が、SIACに仲裁申立書(Notice of Arbitration)を提出し、その写しを被申立人(Respondent)に送付する(2項)。
- ② SIACの事務局は、仲裁申立書受領後4営業日以内に、SIMCに仲裁手続の開始を通知し、仲裁申立書の写しも送付する(3項)。
- ③ 被申立人が、仲裁申立書受領後14日以内に答弁書を提出する。
- ④ 仲裁人が選任され、仲裁廷が構成される。
- ⑤ 仲裁廷が仲裁手続を停止(stay)し、事件がSIMCにおける調停に付されることを、SIACの事務局に通知する(5項)。
- ⑥ SIACの事務局が、仲裁手続において当事者が提出したすべての書類を収めた事件記録を、SIMCに送付する(5項)。
- ⑦ SIMCは、SIACの事務局に、調停の開始を通知する(5項)。
- ⑧ 調停人が選任される。
- ⑨ 調停の実施(なお、調停手続は、上記⑦の通知日から原則として8週間以内に完了する。6項)。
- ⑩ SIMCがSIACの事務局に調停の結果を連絡する(7項、9項)。
- ⑪ 調停で和解がまとまった場合に当事者が希望したときは、仲裁廷は、和解内容を仲裁判断の形式で記録することができる(9項)。和解がまとまらなかった場合には、SIACの事務局が仲裁廷に仲裁手続の再開を通知し、仲裁手続が進行する(8項)。
上記のうち①から④までは、②のSIMCへの通知等以外は、通常の仲裁手続と同様である。仲裁廷成立後、上記⑤から⑩にかけて、仲裁手続を停止し、原則8週間という期限を設定した上で、調停を実施することがArb-Med-Arbに特徴的な点である。
そして、調停で和解がまとまった場合には、仲裁廷によって、上記⑪のとおり、仲裁判断の形式で和解内容を記録することができる。和解がまとまらなかった場合は、仲裁手続が再開し、その後の流れは、通常の仲裁手続と同様である。
(4) Arb-Med-Arbを実施するための契約条項
通常の仲裁条項に加え、SIAC及びSIMCのArb-Med-Arb Protocol(議定書)に従い調停手続を行うことを記載すれば、Arb-Med-Arbを実施するための契約条項となる。特に、複雑なものではない。モデル条項は、SIMCのホームページで入手可能である[2]。
8. 和解の形式及び執行力
仲裁手続における和解の形式としては、次の3通りがある。
第一に、上記の、仲裁判断の形式で和解内容を記録することである(「Consent Award」と呼ばれる)。この方法は、各仲裁機関の規則で明示的に認められており、また、日本の仲裁法でも明示的に認められている(ICC規則33項、SIAC規則32.10項、HKIAC規則36.1項、JCAA規則58条3項、仲裁法38条1項及び2項)。但し、仲裁人の選任が完了し、仲裁廷が成立していることと、仲裁廷が仲裁判断の形式で和解内容を記録することに応じることが前提となる。
この形式の場合、仲裁判断としての効力を持つため、執行力が生じ、ニューヨーク条約の枠組みのもと、その締約国の裁判所で原則として強制執行をすることができる。日本の仲裁法においても、確定判決と同一の効力が認められ(45条1項本文)、これに基づき強制執行を行うことが原則として認められる(46条8項)。
第二に、申立人が、仲裁手続を取り下げる形式である。和解の内容として、申立人による取り下げと、被申立人がこの取り下げに同意することを定めるというもので、仲裁手続はこの取り下げによって終了する。第一の場合と異なり、和解に執行力はなく、相手方が履行しない場合には、改めて仲裁等を申し立てることが、執行力確保のために必要となる。
もっとも、和解の履行として最も確実なのは、和解の「成立」と「同時」に「履行(決済)」を行うというものである。その場合には、もはや強制執行の必要性はないため、仲裁手続を取り下げによって終了させることに、何ら問題はない。
第三に、仲裁廷が、仲裁手続の終了決定を行う場合である。日本の仲裁法は、仲裁手続に付された紛争について、当事者間に和解が成立したときは、第一の方式(仲裁判断の形式による記録)による場合を除き、仲裁手続の終了決定をしなければならないと定めている(40条2項3号)。この場合も、第二の方式(仲裁手続の取下)と同様に、和解に執行力はない。
以 上