◇SH2652◇弁護士の就職と転職Q&A Q85「『留学時期は早い方が良い』という希望をどこまで貫くべきか?」 西田 章(2019/07/08)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q85「『留学時期は早い方が良い』という希望をどこまで貫くべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 渉外系事務所には、1、2年生時代に「転職したい」と言い続けていても、3年生になると、「ここまで耐えたので、とりあえず現事務所から留学に行く準備をしたい」と考えを転じるアソシエイトを数多く見かけます。確かに、事務所を移籍したら、新事務所から留学に行かせてもらうためには、改めて「留学に出すという人材投資をするだけの価値」を認めてもらうための年月を要します。「早期に留学に出たい」という希望を最優先すれば、「現事務所の留学権を行使した後で、その先のことを考えたい」という暫定的結論にたどり着くことになります。

 

1 問題の所在

 「留学すれば、弁護士としての市場価値が上がるに違いない」という考えは、今でも幅広く信仰されています。履歴書的に、米国ロースクールLL.M.修了、NY州弁護士試験の合格や海外ローファーム研修を書き加えたならば、人材市場において、「英語案件にも対応できる」「英米法の基礎も理解している」「外国弁護士とのコミュニケーションにも支障がない」というスキルを推認してもらうことができます。他方、留学によるデメリットとしては、「日本法プラクティスの空白期間の創出」や「既存クライアントとの継続的関係の(一旦)解消」という、「日本法弁護士としてのキャリアの断絶」という問題が存在します。この「キャリアの断絶」も踏まえた上で、「留学に行く」という方針が決まっているならば、「留学によって、一度はキャリアが断絶してしまうならば、早期に留学を済ませて、留学帰りの期間を有効に活用すべきではないか?」という問題意識を抱くことはきわめて合理的なようにも思われます。

 また、実際のところ、新人弁護士登録から続くハードワークに疲れてしまったアソシエイトにとってみれば、「まずは留学に行って一息つきたい」と願うことはきわめて自然なことです。「一息つく」と言っても、ロースクールの授業についていくことやNY州弁護士試験を受けるためには、相当にハードな勉強をこなさなければならないために、「若いうちに留学しなければ、勉強にもついていけなくなってしまう」という事情も現実には存在します。

 ただ、他方では、留学から戻ってきたアソシエイトからは、「NY州弁護士登録を済ませても、何か劇的な成長があるわけでもない」「昔と違って、NY州弁護士登録だけでは希少価値は生まれない」というコメントに続けて、「これから先は何を目標に仕事を続ければいいのか分からなくなってしまった」という不安の声が聞かれることもあります。

 留学に出る時期は、所属事務所の事情(アソシエイト全体のバランスにおいて自分を留学に出してもらえる順番等)や家庭の事情も考慮しなければならないため、自由に設定できるわけではありません。それが故に、どこまで「早期に留学を済ませたい」という希望を貫くべきかは、特に、「転職のタイミング」との関係で悩みが顕在化します。

 

2 対応指針

 「留学には行きたい」「帰国後に他事務所にアソシエイトとして移籍したい」という2つの希望を両立させるためには、「現事務所から早期に留学に出てしまう」という手段には合理性があります。「アソシエイトとして他事務所に受け入れてもらう」ためには、年次が若いうちに応募するほうが有利だからです(移籍希望先において、同期がすでにパートナーに昇格してしまったら、その年次のアソシエイトの受入れ門戸は狭くなることが予想されます)。

 他方、「まずは、現事務所でパートナー昇進を目指したい」とか「事務所を移るならば、独立するか、パートナーとして移籍して、自らの顧客を開拓したい」と願うならば、「早期の留学」に固執するよりも、「良い人脈を築くためにはどのタイミングが留学に出ることが望ましいか?」を重視すべきように思われます。「留学(海外研修を含む)時に築かれた人脈」においては、「本人に対する評価は、本人の留学時(又は研修時)の経験とスキルに基づいて測られて、その時点で固定化してしまう」ために、英語力や実務経験が不足するままに留学に出ると、「留学先人脈」における「自己に対する低い評価」を固定化させてしまうリスクもあります。

 

3 解説

(1) アソシエイトとしての転職

 大規模な法律事務所においては、人事政策上、「留学に出られる年次になって、ようやく一人前のアソシエイト」「それよりも前に辞めるのは、ドロップ・アウト」「やめるならば、留学に出てからにすべき」という公式見解を採用するのが一般的です。

 一部の優良な中小事務所においては、中途採用の対象をジュニア・アソシエイトに限定している先(他事務所の「色」が固定化した人材の受入れに消極的な先)も存在しますが、一般的には、留学帰り人材は、受入先事務所にとっても「自ら留学に出す必要がない」というメリットがあることも事実であるため、「本当に良い人材で、今からでもうちに馴染んでくれるならば、お買い得かもしれない」という期待感も抱かせてくれます。しかし、留学に出るのが2年、3年と遅れてしまうと、帰国した頃には、「同期世代がすでにパートナーに昇進している」ということもありえます。

 別に急いでパートナーになる必要があるわけではありませんので、本人(転職希望者)の側からは「自分は同期がパートナーであっても全然気にしない」と言ってもらえることが多いです。

 ただ、ここで「同期がパートナーになっている」というのは、職位の上下の問題だけでなく、「すでに経費を負担する側に回っている」という責任の問題も存在しています。つまり、中途採用の受入れを検討する事務所の立場からすれば、(例えば、留学帰りの62期からの応募を想定すると)「現事務所で、既に、62期がパートナーとして自分で稼いで経費を入れてくれているにも関わらず、同じ62期の応募者に、給料を保証するアソシエイトの身分でオファーを出せるか?」という問題が生じてきます。

 そのため、「留学帰りに、アソシエイトとして(給与を保証してもらう立場で)他事務所への移籍を希望するならば、帰国後の転職活動の年次が高くなり過ぎると手遅れになってしまうかもしれない」という点は留意しておかなければなりません。

(2) 留学(及び海外研修)の成功事例

 留学を「英語力を向上させて、箔を付けるための投資」と位置付けた場合には、早期に留学に出るほうが望ましいと言えます。しかし、留学を成功させた弁護士の典型例は、①留学先で、同級生の日本人留学生(優良な日系企業からの派遣)と親しくなって、帰国後に案件を紹介してもらえるケース、②留学先の米国又はEUで議論されている法律問題を、先行して日本に紹介することで、当該法律問題の「日本における第一人者」として認知してもらえるケース、③留学・研修先で、外国人弁護士からの信頼を得て、帰国後に昇進又は案件の紹介に協力してもらえるケースです。

 このうち、①は、同級生たる日本人留学生から、自分に対して「こいつは、弁護士として優秀だ」という評価を留学中に得ていてこそ、帰国後に所属企業で外部弁護士を探す必要が生じた時に、最初の相談先として「あいつに連絡をとってみよう」と顔を思い出してもらうことができます。また、②は、留学前における実務経験の中で、「日本法では、この点が曖昧なので、いずれ問題になるだろう」という、明確な問題意識を予め持ち、留学中の研究テーマを絞っておけることが前提となります(留学先で「日本法ではこういう問題が生じる」という説明ができなければ、現地の専門家との議論も深まりません)。さらに、③は、外国人弁護士との間で、英語でのコミュニケーションが十分にできてこそ、その信頼を勝ち取ることができます。

(3) 留学(及び海外研修)時における人事評価の固定化

 留学帰りの弁護士から話を聞いていると、「留学(又は海外研修)時における他者に対する評価は、留学(海外研修)時に固定化されている」ということを感じさせられます。つまり、「留学時に優秀だと思われていた同級生は、卒業後においても高い評価を維持している」し、「留学(海外研修)時に、英語ができない、という評価を受けていた同級生は、卒業後に、その低評価を改善する機会を与えられていない」という風に感じさせられます。

 このことは、インターナショナル・ファームの東京オフィスに所属するアソシエイトにとっては深刻な問題となっています。英語力不足又は経験不足なままに、NYオフィスやロンドンオフィスで研修した場合に、研修先オフィスの有力パートナーから「こいつは使えない」という低い評価を受けてしまったら、事実上、東京オフィスでのパートナー昇進の可能性を失うことにもつながってしまいます。

 また、日系の渉外事務所に所属している場合でも、提携先の欧米のローファームで研修させてもらった場合に、当該オフィスの現地法弁護士との間で、研修時期に信頼関係を築くことができなければ、「将来、対日投資案件の相談を受けた場合に手を組みたい日本法弁護士の候補リスト」に名前を連ねることはできません。

 もし、(留学を、「語学力の向上」というインプットの場としてではなく)「留学・海外研修時における人脈を、帰国後の弁護士業務に役立てたい」という「アウトプット重視の場」にしたいと願うならば、「ある程度、自分の英語力と経験値を納得したものに引き上げてから留学に出るべき」という考え方にも十分な合理性があると思われます。

以上

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