東証、相談役・顧問等の開示に関する「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」記載要領の改訂について
岩田合同法律事務所
弁護士 鈴 木 友 一
1 概要
東京証券取引所(以下「東証」という。)は、平成29年8月2日、「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」(以下「CG報告書」という。)の記載要領に、「代表取締役社長等を退任した者の状況」に係る記載項目を追加する旨の改訂を行った(以下「本改訂」という。)。
本改訂は、各上場企業に対し、代表取締役社長等であった者[1]が会社法上の役員の地位を退いた後に、引き続き相談役・顧問等の役職に就任している場合、CG報告書において、当該相談役・顧問等の氏名、役職・地位、業務内容、勤務形態・条件、代表取締役社長等の退任日、相談役・顧問等としての任期、その合計人数等を開示することを求めるものである。
なお、本改訂後の様式及び記載要領を用いた記載は、平成30年1月1日以降に提出するCG報告書から可能となる。
2 相談役・顧問制度に関する議論と本改訂に至る経緯
我が国では、社長・CEO等が取締役を退任した後も、相談役・顧問等といった地位・役職に就くという慣行が存在してきた。一部の会社においては、そのような相談役・顧問等が経営陣の判断・意思決定に対して事実上の影響力を行使しながらも、外部からその役割や処遇が十分に把握できる体制をとってきたとはいい難い実態があったと思われる。
上記のような実態もあり、コーポレート・ガバナンスに係る問題意識が着実に高まっている近時では、投資家から相談役・顧問制度に対するネガティブな見方が強まっている。
こうした流れの中、経済産業省が策定した「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(CGSガイドライン。平成29年3月31日公表)[2]は、同省が設置したコーポレート・ガバナンス・システム研究会(CGS研究会)の報告書[3]を踏まえ、我が国の企業が検討すべき事項の一つに経営陣のリーダーシップ強化を掲げ、社長・CEO経験者を相談役・顧問とするに当たっては、期待する役割の明確化やそれに見合った報酬の設定を、社外者の関与を得るなどして客観性を確保した上で行うべきであり、その内容を外部に対して積極的に情報提供することで、投資家など社外からコーポレート・ガバナンスに関する社内の体制の適正性につき理解を得ることができるとした。そして、平成29年6月9日に閣議決定された「未来投資戦略2017」[4]では、東証において相談役、顧問等の氏名、役職・地位、業務内容等を開示する制度を創設、実施する旨が明らかにされ、これを受けて、本改訂がなされるに至ったものである。
3 企業に求められる対応
本改訂を受けて、今後、相談役・顧問制度を設ける多くの企業が[5]、自社の実情や今後の方針を踏まえ、投資家に対し、相談役・顧問等に求める具体的役割やその処遇の適正性等を説明していくこととなる。先に述べた経済産業省のCGSガイドラインでは、「社長・CEO経験者を相談役・顧問とすることが一律に良い・悪いというものではない」との立場がとられ、財界活動や顧客との関係維持のための活動、地域社会への貢献活動等を通じて会社の利益が図られる、ノウハウ・人脈等の流出防止が図られる、さらには、他社のために業界とのアクセスを維持した社外取締役の人材プールとなり得る等、相談役・顧問制度の意義が複数の観点から謳われている。相談役・顧問制度を設ける各企業は、これを参照しつつ、自社にとっての制度の意義・在り方を再検討し、その結果を情報発信していくこととなろう。
なお、CGS研究会の議論の中では、複数の委員が、多くの企業において、相談役・顧問等としての報酬は、社長・CEOの報酬が低く設定されていることを受け、その後払い的な位置付けとなっているとの問題を指摘していた[6]。これに当てはまる企業においては、現役の経営陣に対する報酬も含めた制度全体の適正化を図らなければ、相談役・顧問等の処遇に見合った積極的意義を打ち出すのに苦慮することも考え得る。
今年の定時株主総会でも、相談役・顧問制度の事実上廃止を求める内容の株主提案が提出されたり、相談役・顧問等の経営に対する関与につき株主から質問がなされたりと、相談役・顧問等の在り方に係る投資家の関心は、非常に高まっている。各企業が本改訂に対していかに対応を図り、投資家の関心にどう応えていくか、大いに注目される。
以 上
[1] 本改訂後の記載要領には、「元代表取締役社長の他、元CEO(最高経営責任者)や元代表執行役社長を含みます。」と明記されている。
[3] コーポレート・ガバナンス・システム研究会(CGS研究会)報告書
(http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/20170310001.html)
[5] CGS研究会において東証一部・二部上場企業に対して実施されたアンケート結果によれば、相談役・顧問等の制度が存在する企業が約78%、現に在任中である企業が約62%、社長・CEO経験者が在任中である企業が約58%とされている。