ベトナム:改正民法下の契約準拠法の合意
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 カオ・ミン・ティ
ベトナムにおいては、契約準拠法に関する規定は民法に定められているところ、2017年1月1日(法第91/2015/QH13号)より施行されている改正民法で、契約準拠法に関するルールに変更が加えられている。以下、改正民法の内容を踏まえ、ベトナムにおける契約準拠法の合意について、日本法と比較もしつつ概観する。
ベトナムにおける契約準拠法に関するルールの大枠は以下のとおりである。(ⅰ)「外国的要素」がある場合は当事者が外国法を準拠法とする合意ができるが、そうでない場合はベトナム法を準拠法としなければならない。ただし、(ⅱ)「外国的要素」がある場合であっても、一定の場合は準拠法の自由な合意が制限される。さらに、(ⅲ)「外国的要素」があり、上記(ⅱ)による準拠法合意の制限がない場合であっても、外国法令の適用結果がベトナム法令の基本原則に違反する場合は、ベトナム法を適用しなければならない。
(ⅰ)「外国的要素」
日本法においては契約当事者は原則として契約準拠法を自由に選択することができる(法の適用に関する通則法(以下「通則法」)7条)のに対し、ベトナム法では、「外国的要素」が認められる場合に限りベトナム法以外を契約準拠法とする合意が可能である。「外国的要素」は、以下のいずれかに該当する民事関係に認められる(改正民法第663.2条)。
- a. いずれか一方の当事者が外国の個人又は法人である。
- b. 当事者はいずれもベトナムの個人又は法人であるが、当該民事関係の成立、変更、履行又は消滅が外国において生じている。
- c. 当事者はいずれもベトナムの個人又は法人であるが、当該民事関係の対象が外国に所在する。
上記のルールにより「外国的要素」が認められる場合は、契約当事者は外国法を準拠法と合意することができ(改正民法683.1条)、この場合、「外国的要素」が認められる原因となった国以外の国の法律を準拠法として合意することも可能である(ただし、改正民法を字義通り読むと、上記 c. の対象が不動産である場合は、下記(ii) a. により当該不動産の所在国の法令以外を準拠法と合意することはできないこととなる。)。
ベトナムにおける外資系企業は、上記の外国の法人には該当しないと解されている。そのため、例えば日本の会社がベトナムで設立した100%子会社同士の取引は、上記 b. 又は c. に該当しない限り、「外国的要素」がなく、外国法を準拠法とすることができない。
(ii)「外国的要素」があっても外国法を準拠法とできない場合
「外国的要素」が認められる場合であっても、以下に該当する場合は、外国法を準拠法とする合意が制限される。日本法においても消費者契約・労働契約などの準拠法選択は当事者自治が制限されるが(通則法11条・12条)、それと同様の趣旨であると考えてよい。
- a. 契約の目的が不動産である場合、不動産に関する所有権その他の権利の移転、不動産の賃貸、及び不動産担保の準拠法は、不動産が所在する国の法令とする(改正民法第683.4条)。
- b. 労働契約又は消費者契約の契約当事者が準拠法として選択した法令が、ベトナム法令が規定する従業員又は消費者の最低限の権利又は利益に悪影響を及ぼす場合、ベトナムの法令が適用される(改正民法第683.5条)。
- c. 契約当事者は準拠法を変更することができるが、当該変更が、準拠法の変更前に第三者が有する権利又は利益に悪影響を及ぼさない場合に限る(当該第三者の同意が得られた場合は変更可能)(改正民法第683.6条)。
上記 a. については、旧民法(法第33-2005-QH11号)において「ベトナムにおける不動産に関連する民事契約」はベトナム法令を遵守しなければならないと広く規定されていたのに対し、上記aのとおり、不動産の権利移転、賃貸及び担保に係る契約と明確化された。これにより、旧民法下で問題となっていた、外国請負業者によるベトナム国内における建物建築のための工事請負契約も「不動産に関する契約」としてベトナム法が準拠法となるリスクがあるという問題が解決されたとの指摘もなされている。ただし、ベトナム法では建築物及び建築物に付着するその他の財産等も「不動産」に含まれるため(改正民法107条1項)、工事請負契約の具体的内容次第では「不動産」にかかる権利移転の契約とされてベトナム法が準拠法とされるリスクは残るように思われる。
(ⅲ) ベトナム法の基本原則
外国法を準拠法とする合意が許される場合であっても、「外国法令の適用結果がベトナム法令の基本原則に違反する」場合は、ベトナム法が適用される(改正民法第670条1項a)。これは外国法の適用が公序に反する場合は適用しないとした日本の通則法42条と同じ趣旨である。
旧民法においては、外国法を適用する旨の「合意」がベトナム法令に反しない場合に外国法を準拠法とする合意ができると定められていたが(旧民法759.3条)、「合意」がベトナム法令に反するというのは、準拠法の合意条項がベトナム法令に反している場合をいうと字義通り読むか、「合意」の結果適用される外国法令がベトナム法令に反している場合をいうのかが不明確であった。改正民法は、「適用結果」が違反する場合と広く規定する一方で、単に「ベトナム法令」に違反している場合でなく、「ベトナム法の基本原則」に違反している場合にベトナム法が適用されるとした。
改正民法下で生じる問題点は、何をもって「ベトナム法令の基本原則」といえるかという点であろう。日本の通則法42条の公序発動の基準は判例の蓄積によってある程度明らかになっているが、ベトナムでは判例の公表が限定的であるため、この点はより大きな問題となる。例えば、ベトナムの商事契約においては契約額の8%超の額を損害賠償額の予定として合意することができないところ(商法301条)、準拠法を日本と合意した契約において8%超の損害賠償額の予定がある場合、これがベトナム法令の基本原則に反するかどうかは不明である。
以上