欧州司法裁判所のインテル判決
(1)EU競争法の域外適用
McDermott Will & Emery法律事務所
弁護士 Wilko Van Weert
弁護士 武 藤 ま い
はじめに
欧州司法裁判所は、2017年9月6日、Intel Corporation Inc., v. European Commission事件における待望の判決[1](以下、「本判決」という。)を下し、欧州委員会決定を支持する旨の一般裁判所の2014年6月12日付判決[2]を破棄した。欧州委員会は、2009年5月13日に、インテルコーポレーション(以下、「インテル」という。)に対し、同社のコンピューターメーカーに対するリベート及び資金提供はx86中央演算処理装置(以下、「CPU」という。)市場における支配的地位の濫用にあたるとして10億6000万ユーロの制裁金を科す決定[3]を下していたものである。欧州司法裁判所は、事件を一般裁判所に差し戻しており、10億6000万ユーロの制裁金が取消し又は減額されるか否かは未だ明らかではない。しかしながら、本判決は、支配的地位にある事業者のみならず、そうでない事業者に対しても影響を与え得るEU競争法上の2つの論点につき重要な判断を下すもので、日本企業にとっても注目に値する。すなわち、欧州司法裁判所は、①EU競争法の適用につき限定的効果理論(qualified effects doctrine)を採用し、②欧州連合の機能に関する条約[4](以下、「TFEU」という。)第102条のリベートに対する適用にあたり経済学的アプローチを受容したのである。
なお、本稿での詳述は割愛するが、本判決は、手続面でも興味深い判断を下している。欧州司法裁判所は、欧州委員会が理事会規則No 1/2003第19条に基づいて調査対象に関する情報収集を目的としてなす面談については、全て、その選択した形式でそれを記録しなければならないと判断する一方で、インテル事件では、面談記録の欠如及びそれにより生じたと主張される無罪証明文書の非開示は、欧州委員会の行政手続の有効性を損わないと結論付けたのである。
以下、本稿の第一部では、EU競争法の域外適用の問題に関する本判決の判断について考察したい。
限定的効果理論の採用
欧州司法裁判所は、限定的効果理論によっては欧州委員会の管轄権を根拠付けることはできないというインテルの主張を誤りと判断することにより、ワール(Wahl)法務官の助言[5]に沿い、初めて限定的効果理論を受容した。限定的効果理論は、問題となっている行為がEU市場において即時かつ実質的な効果を及ぼすことが予見可能な場合には、EU競争法の適用を可能とする理論である。
それまでは、効果理論がEUの裁判所に受け入れられているか、また、仮に受け入れられているとしても、EU競争法違反事件にも適用されるかどうかが議論されてきた。こうした議論は、一般裁判所(当時は、「第一審裁判所」と呼ばれた。)が、Gencor事件[6]で、企業結合の届出基準は実施理論(implementation doctrine)の適用であると考察した一方で、「欧州委員会企業結合規則の適用は、提案されている結合が、当該共同体において即時かつ実質的な効果を及ぼすことが予見可能な場合には、国際公法の下、正当化される[7]。」と判示し、限定的効果理論を認めることを示唆したことに端を発していた。
実施理論と限定的効果理論の関係
欧州司法裁判所は、実施理論と限定的効果理論の関係について、EU内では行われていないもののEU市場に影響を及ぼす恐れのある反競争的効果を有する行為を防ぐという同一目的を達成するための代替的な選択肢であると考えた。この点に関しては、ワール法務官が提案するとおり、まず実施理論を適用して、それでは管轄権が成立しない場合にのみ限定的効果理論を適用するというのが、より理にかなっているだろう。なぜなら、実施理論は属地主義に強く根付いている上、限定的効果理論は競争当局により外国企業の行為を広くとらえる目的で恣意的に用いられる恐れがあるからである。
限定的効果理論の広範な適用
実際に、欧州司法裁判所は、ワール法務官により強く批判された一般裁判所の限定的効果理論の広範な適用を受け入れたことにより、そのような恐れを増大した可能性がある。すなわち、欧州司法裁判所は、一つの反競争的な行為を人為的に分断しEUの管轄から逃れる可能性のあるバラバラの行為の集合体とすることを避けるために、限定的効果理論の適用にあたっては、問題となっている行為は全体として観察されなければならないと判断したのである。そして欧州司法裁判所は、詳細な事実に基づき即時性、実質性、及び予見可能性を評価すべきであるというワール法務官の助言に従わずに、問題となっているインテルの行為は包括的な戦略の一部を構成していたという理由に基づき、これらの性質に関する要件はすべて満たされていると結論付けた。このような欧州司法裁判所のアプローチに従うと、欧州委員会は異なる管轄で行われた類似の行為を単一かつ継続的な行為としてひとまとめにすることで容易に管轄権を確立することができるため、この点に関する欧州司法裁判所の判断は憂慮すべきである。
おわりに
欧州司法裁判所のインテル事件における本判決は、欧州委員会が外国で行われた行為について管轄権を確立するために、経済同一体理論(single economic entity doctrine)と実施理論に加えて、限定的効果理論に依拠できることを明らかにしたという点では歓迎される。しかしながら、欧州司法裁判所の限定的効果理論の適用方法は、日本企業を含めた非EU企業にとって、EU当局による執行のリスク及び二重の危険のリスクを増加させることにつながり得る。そのため、これらの企業においては、その行為又はその全体的な計画に少しでもEUに関わる要素があるときは、行為場所を問わず、EU市場に対する潜在的な影響を注意深く評価するのが望ましいだろう。
[1] Judgment of the Court of Justice of the European Union of 6 September 2017 in Case C-413/14 P Intel Corporation Inc. v European Commission, ECLI:EU:C:2017:632.
[2] Judgment of the General Court of 12 June 2014 in Case T-286/09 Intel Corporation Inc. v European Commission, ECLI:EU:T:2014:547.
[3] Decision of European Commission of 13 May 2009 in 37990 Intel.
[4] Treaty on the Functioning of European Union.
[5] Opinion of Advocate General Wahl of 20 October 2016 in Case C-413/14 P Intel Corporation Inc. v European Commission, ECLI:EU:C:2016:788.
[6] Judgment of the Court of First Instance of 25 March 1999 in Case T-102/96 Gencor Ltd v Commission, ECLI:EU:T:1999:65.
[7] 前掲注[6] 判決文 90段落。