改正民法の「定型約款」に関する規律と諸論点(1)
弁護士法人三宅法律事務所
弁護士 渡 邉 雅 之
弁護士 井 上 真一郎
弁護士 松 崎 嵩 大
「民法の一部を改正する法律」が平成29年5月26日に国会において成立し、同年6月2日に公布された(平成29年法律第44号)。同改正の中でも最も関心の高い論点の一つが新たに設けられた「定型約款」に関する規律である。
「定型約款」に関する規律については、関心が高いにもかかわらず、そもそもどのような条項群が「定型約款」に該当するかも含め、必ずしも明確ではない論点が多いように思われる。そこで、本稿では、「定型約款」に関する規律について概観しつつ、解釈の問題となり得る諸論点について検討する。
なお、本稿において、条文番号については、現行民法は「現行○条」、改正民法は「改正○条」と表記し、特に改正がされていない条文は「民法○条」と表記する。[1]
1 現行法における約款をめぐる問題
現行民法には、約款に関する規定は存在しない。しかし、現代社会において、約款は、鉄道、バス、航空機等の運送約款、各種の保険約款等、市民生活にも関わる幅広い取引において利用されており、大量の取引を合理的、効率的に行うための手段として重要な意義を有している。
すなわち、契約の種類・性質によっては、締結すべき契約の内容の詳細にまでわたって個々的に検討し、労力を費やして交渉することは効率が悪いため、あらかじめ約款の形でその細目を定めておき、これを多数の取引にそのまま取り入れることが、当事者双方にとって合理的かつ効率的である場合がある。
他方、このような約款を用いた契約においては、約款の内容を相手方が十分に認識しないまま契約を締結することが少なくないことや、個別条項についての交渉がされないことなどから、相手方の利益が害される場合があるのではないかといった問題が指摘されている。すなわち、相手方は、極めて多数にわたることのある約款の条項について、その内容を理解し吟味するだけの注意を向けることが難しいため、個別の条項の意味を十分に認識しないまま契約を締結する事態が生じ得ること(いわゆる隠蔽効果といわれる問題)や、実質的な交渉が行われにくいことから、契約を締結するかしないかの選択が存在するのみになっている等の問題点があると指摘されている。
そして、このような問題が生ずる約款を特徴付けている要素としては、個別の契約ごとの調整を予定せず、多数の取引に画一的に用いられる定型的な契約条項として用意されていることが指摘されている。すなわち、多数の取引に画一的に用いられる定型的な条項であるからこそ、大量の取引を合理的・効率的に行うことが可能となるのであり、特定の取引のみを例外扱いすることは交渉コストを増加させ、約款の有用性の否定につながると言われている。そのため、規律の対象とすべき約款について考える際には、多数の取引に画一的に用いられることを予定し、定型的な契約条項となっているものかどうかが、重要な要素になるといわれている。[2]
2 改正民法における「定型約款」の規律
(1) 概要
「約款」とは何かということについては、従来より一般的に共通の理解が形成されているわけではないが、多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体と定義する見解等がある。
現行民法において約款に関する規定はないものの、改正民法においては、「第二章 契約」「第一節 総則」の中に、新たに「第五款 定型約款」の項目が設けられ、改正548条の2~548条の4の3箇条が新設された。
改正548条の2第1項では、定型約款の定義が定められるとともに、みなし合意の効力が認められるための組入要件が定められている。この組入要件の関係では、一部の特別法による手当もされている。また、改正548条の2条第2項では、不当条項と不意打ち条項を規制するため、みなし合意の効力が認められない場合について定めている。改正548条の3では、定型約款の内容の表示に係る相手方の請求権について、改正548条の4では、定型約款の変更について定められている。
なお、経過措置において、これらの定型約款に関する改正民法の規定は、施行日前に締結された定型取引に係る契約についても適用されることとされている。ただし、解除権を行使できる者を除き、契約当事者の一方が「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」から施行日の前までに反対の意思表示をした場合には適用されないこととされている。
(2) 三層の規律
改正民法における定型約款に関する規律は、従来より約款として考えられてきたものよりも範囲が狭いものであり、すべての約款にこの規律が適用されるものではない。改正民法下においては、「約款でない契約=契約の一般原則」、「定型約款ではない約款=約款法理」、「定型約款=改正民法の規律」という三層の規律が存在することになる。
このように、定型約款に該当しない約款については、約款法理が妥当することになるが、この約款法理の内容については、従来の約款法理が基礎となるとの見解がある一方で、改正民法における定型約款に関する規律が類推適用されるという可能性も全く否定されているわけではない。また、定型約款の規律が設けられたことにより、従来の約款法理の内容がどのような変容を受けるのかが問題になるとも指摘されており、これらの点は今後の解釈に委ねられるものと考えられる。[3]
〇契約全体における位置づけ
[1] 脚注においては参照文献を記載しているが、「法制審議会 – 民法(債権関係)部会」の部会資料は「部会資料」と表記し、同部会の議事録は「第○回議事録」と表記する。
[2] 以上につき、部会資料11-2・60頁より引用。
[3] 沖野眞已「約款の採用要件について――『定型約款』に関する規律の検討」星野英一先生追悼『日本民法学の新たな時代』(有斐閣、2015)543~544頁等。