◇SH1464◇改正民法の「定型約款」に関する規律と諸論点(4) 渡邉雅之/井上真一郎/松崎嵩大(2017/10/30)

未分類

改正民法の「定型約款」に関する規律と諸論点(4)

弁護士法人三宅法律事務所

弁護士 渡 邉 雅 之
弁護士 井 上 真一郎
弁護士 松 崎 嵩 大

 

5 みなし合意の要件(組入要件)(改正548条の2第1項)

(1) 概要

 定型取引合意をした者は、以下のいずれかの要件を充たした場合には、個別の条項についても合意をしたものとみなされる(改正548条の2第1項1号・2号)。

  1. ① 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
  2. ② 定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

 中間試案の段階では、「契約の当事者がその契約に約款を用いることを合意し、かつ、その約款を準備した者(以下「約款使用者」という。)によって、契約締結時までに、相手方が合理的な行動を取れば約款の内容を知ることができる機会が確保されている場合には、約款は、その契約の内容となるものとする。」(第30.2「約款の組入要件の内容」)として、約款のいわゆる事前開示が組入要件として定められていたが、このような事前開示は組入要件からは切り離されることとなった。事前開示については、後述する定型約款の内容の表示(改正548条の3)において詳述する。

(2) 定型約款を契約の内容とする旨を合意したとき(1号)

 定型取引においては、個別の契約条項を認識し、その内容を了解していなくても、定型約款を契約の内容とする旨の合意があれば、改正548条の2第1項1号によりそれが契約の内容となる(なお、当然ながらその前提として、定型約款が契約締結時に現に作成されて存在している必要がある。)。この合意には黙示の合意も含まれる。[1]

また、この合意については、2号の場合とは異なり「あらかじめ」という要件はないため、契約締結後の合意であってもよい(その意味で、1号は2号に包摂されるものではない。)。[2]

(3) 定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき(2号)

ア 「表示」の意義
 「定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき」についても、改正548条の2第1項2号により個別の条項が契約の内容となる。この場合、相手方が異議を述べていないことが当然の前提とされているため、黙示の合意があると認められることも多いだろうが、黙示の合意と言い得るか否かという判断を要することなく、合意があったのと同様に取り扱うものとされている。[3]
 いかなる場合に、ここでいう「表示」があったといえるかについては、やや厳格な解釈がとられている。すなわち、ここでは、定型約款を契約の内容とする旨の黙示的な合意があったといえるような場合を想定していることから、「表示」があったといえるのは、取引を実際に行おうとする際に顧客である相手方に対して個別に面前で示されていなければならず、定型約款準備者のホームページ等で一般的にその旨を公表していたり、店舗に掲示するだけでは足りないと考えられている。また、相手方がみずから契約内容の詳細を確認したいと考える場合には、その表示を踏まえて定型約款準備者に内容の開示を請求し、その内容を確認した上で、不満な点があれば契約を締結しないことが可能となるようなものでなければならないと考えられている。[4]
 したがって、相手方が署名する書面に特定の定型約款が契約内容となることが記載されている必要があるが、この場合であっても、隠蔽効果のある形での記載では「表示」があったとはいえないと指摘する見解があることにも留意が必要である。[5]

イ 「表示」要件の例外
 上記アで述べたとおり、「表示」の意義については厳格に解されているため、インターネット等による公表では足りないのが原則であるが、一定の場合には例外が定められている。
 すなわち、鉄道・バス等による旅客運送取引等、公共性が高く約款による契約内容の補充の必要性が高い一定の取引については、以下に掲げる特別法により、改正548条の2第1項2号における「表示していた」とあるのは、「表示し、又は公表していた」に読み替えることとされ、定型約款を契約内容とする旨をあらかじめ公表していれば、みなし合意の効力が認められるとして、組入要件が緩和されている。

  1.  •  電気通信役務提供約款(改正電気通信事業法167条の2)
  2.  •  鉄道運送約款(改正鉄道営業法18条の2)
  3.  •  軌道約款(改正軌道法27条の2)
  4.  •  道路運送約款・道路通行約款(道路運送法87条、道路整備特別措置法55条の2)
  5.  •  航空約款(航空法134条の3)

(4) 具体的事案の検討

ア 申込書を提出する場合
 預金取引、証券総合サービス取引、保険取引等については、顧客が申込書に署名・押印して提出し、これとは別途の書類としての定型約款(冊子になっていることが多い。)が交付されるというのが通常の実務である。すなわち、顧客が署名・押印するのは、定型約款そのものではないことになるが、このような場合に定型約款の組入要件を充たすのかが問題となる。
 例えば、預金取引であれば、口座開設申込書において、「私は普通預金規定について承諾の上、以下のとおり申し込みます。」というような文言が印字されている場合であれば、改正548条の2第1項1号が定める定型約款を契約の内容とする旨の合意(組入合意)が認定されやすいといえよう。預金取引において、銀行所定の預金規定が適用されることは周知のことであるし、特に申込時に預金規定が交付されているような場合であれば、申込書にこのような文言がなくても通常は黙示の組入合意が認定されやすいといえよう。もっとも、申込書に上記のような文言を入れておいた方が、事前に預金規定を交付していない場合も含めて、組入合意があることがより明確になるといえるものと思われる。預金規定には、このような文言が印字されていない場合もあるため、改正民法の施行までにこのような対応をとっておくことも考えられる。
 生命保険契約においても、申込書に「私は該当する普通保険約款の適用があることを承知し、以下のとおり申し込みます。」というような文言が印字されていれば、組入合意があることは明らかであるといえる。申込書の保険契約者(契約申込人)において、「重要事項について記載した『契約概要』『注意喚起情報・ご契約のしおり』『約款』を受領し内容を確認しました。」という欄に押印をさせる例なども多い。
 証券総合サービス取引についても、上記の預金取引や保険取引と同様に考えられる。

イ 契約書に調印する場合
 消費者ローン契約書や住宅ローン契約書、不動産賃貸借契約書等については、上記アのような例とは異なり、定型約款としての個別の条項が印字された契約書自体に署名・押印をすることになる。
 このような場合には、改正548条の2第1項1号が定める定型約款を契約の内容とする旨の合意があったといえることに問題はないと考えられる。

ウ シュリンクラップ契約
 ソフトウェア利用約款については、上記に挙げた例とは異なる問題がある。
 情報財の取引の中でも、CD-ROM等の媒体を介して販売店を通じて行われるものにおいては、ライセンス契約条件をライセンサーが一方的に定め、媒体の引渡し時点では契約条件について明示の合意がなされないまま、フィルムラップやシール等を破った時点やプログラム等を初めて起動しライセンス契約締結画面に同意した時点等、代金支払時よりも後の時点でライセンス契約が成立するものとしている(前者はシュリンクラップ契約、後者はクリックオン契約という。)取引慣行がある。このような場合に、どの段階でライセンス契約が成立しているか、ユーザーがライセンス契約の条件に同意できない場合、返品することで返金に応じてもらえるかなどについて、必ずしも明確でないという問題がある[経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」[6](以下「準則」という。)223頁]。
 準則では、販売店とユーザーの間の契約が提供契約である場合で、ライセンス契約の内容が提供契約締結時(代金支払時)より後に明示される場合については、ユーザーが開封前に通常認識できるような形態でフィルムラップやシール等にライセンス契約の確認を求める旨及び開封するとライセンス契約が成立する旨の表示がなされているような場合、開封することを現行526条2項(改正527条)が定める意思実現行為とみなし、ライセンス契約の成立が認められることが多いという解釈が示されている(225頁)。もっとも、シュリンクラップ契約の有効性に関しては疑問を呈する見解もある。[7]
 このような場合、準則上の解釈によれば、改正民法のもとでも、改正527条により契約が成立するということになるであろうが、改正548条の2第1項1号が定める定型約款を契約の内容とする旨の合意があったともいえる余地があるだけでなく、同条項2号が定めるあらかじめの相手方に対する表示があったとして、みなし合意の効力が発生するものと考えられる。したがって、改正民法下では定型約款のみなし合意の効力によって契約が成立することが明確になったとの評価もあり得る。[8]
 ただし、意思実現行為により契約が成立すると考えるのではなく、定型約款のみなし合意の効力によって契約が成立すると考える以上、改正548条の2第2項が規制する不当条項や不意打ち条項が含まれていないことを確認する必要があるだろう。

エ クリックオン契約
 前述したクリックオン契約についても、準則では、ユーザーが画面上でライセンス契約の内容をスクロールさせ、最後までスクロールしなければ同意ボタンをクリックできないような画面構成をとる等、ユーザーが同意ボタンをクリックする前に契約内容を通常認識できるような表示となっている場合、「同意する」というボタンをクリックすることが意思実現行為に該当するものとして、ライセンス契約の成立が認められることが多いという解釈が示されている(225頁)。
 改正民法下では、最後までスクロールしなければ同意ボタンをクリックできないような画面構成をとることまでしていなくても、改正548条の2第1項1号が定める定型約款を契約の内容とする旨の合意があったといえるため、定型約款のみなし合意の効力が認められると考えることもできる。
 前述した預金取引や保険取引等も含め、近時は様々な取引がインターネット上で行われており、利用者に対して、ウェブページ上で定型約款を契約の内容とすることに同意する旨のボタンをクリックさせる方法がとられることが多い。このような場合についても、改正548条の2第1項1号が定める定型約款を契約の内容とする旨の合意があったといえると考えられる。



[1] 部会資料75B・10頁。鹿野菜穂子「民法改正と約款規制」曹時67巻7号(2015)1821頁。

[2] 第98回議事録22頁(村松幹事発言)。

[3] 部会資料75B・10頁。

[4] 衆議院法務委員会議事録第13号(平成28年12月6日)民事局長答弁。沖野・前掲第1回注[3] 555~556頁。

[5] 沖野・前掲第1回注[3] 555頁。

[7] シュリンクラップ契約の有効性に疑問を呈するものとして、田村善之『著作権法概説〔第2版〕』(有斐閣、2001)164頁、半田正夫『著作権法概説〔第14版〕』(法学書院、2009)153頁等。

[8] 河上正二「民法改正法案の『定型約款』規定と消費者保護」法教441号(2017)31頁。

 

タイトルとURLをコピーしました