◇SH1486◇実学・企業法務(第92回) 齋藤憲道(2017/11/09)

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実学・企業法務(第92回)

第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

3. リスク・マネジメント

 今日の株式会社が有する3つの特徴(出資の有限責任制、会社の機関〔取締役等〕、資本の証券化〔株券制〕)を備える会社の始まりは、1602年に設立されたオランダ東インド会社であると言われる。

 当時、世界に航路を拡げて各地の特産物を調達し、それを求める者に販売(又は交換)すれば、莫大な利益を得ることができた。商人達は、航海を企画する都度、資金を投じて一つの航海の元手を作り、帆船・乗組員等を確保して航海・交易を行ない、帰港時に総資産を出資者間で分配(山分け)した。ただし、航海では遭難(難破、沈没)や海賊襲撃等の命懸けの危険が大きく、このビジネスは一つの航海ごとに形成される典型的なハイリスク・ハイリターン型の投資対象であった。

 オランダ東インド会社は、冒頭の3条件を備えることにより、複数の航海で獲得した利益を分配(又は蓄積・再投資等)して、事業を継続的(かつ、比較的安定的)に行うことを可能にしたのである。

 このように、株式会社は、フロンティアから得られる莫大な利益を継続的に得ようとするリスク・マネジメントの産物なのである。

 現在の会社の事業では、大航海時代の嵐や海賊のように、一度の遭遇で全財産を失うリスク源は少ないが、IT関連事業のような発展途上の分野では、法整備が追い付かないケースも多い。この場合は、相応の法的リスク対策をしながらビジネスを展開せざるを得ず、企業法務が果たすべき役割と責任は大きい。

 現在、多くの会社で全社的なリスク・マネジメント(ERM[1])が行われ、全社的視点で、リスクの要素を洗い出し、それを評価して、調達可能な経営資源を勘案しつつ各リスク要素に優先順位を付け、リスク対策し、会社の残存リスクを最小化していくプロセスが繰り返されている。

 リスク・マネジメントを有効に行うためには、最高経営責任者が自身の関与を社内外に明確に示す必要がある。技術部・工場・営業所等のライン部門や、経理部・人事部・法務部等のスタッフ部門が、それぞれ独自に会社のリスクを把握・評価してリスク対策を考えても、その単純合計は、ほとんどの場合、全社の視点で見た最適の施策にはならないことに留意したい。

 なお、リスク・マネジメント・システムを設計するときは、①緊急時の対応システム(情報管理体制、応急措置の実施)と、②平常時の管理システム(日常の仕事に組み込まれた業務のルール、再発防止策の制定)を区分するように注意したい。ステップを踏んで考えることにより、無用な混乱を回避することができる。

 また、緊急時の対応については、平時の訓練が重要である。緊急時には、日頃の訓練以上のことはできないものと心得たい。

 

(1) リスク・マネジメントの定義と用語説明[2]

 「ISO31000、JISQ31000 リスク・マネジメント」規格は、「リスク」等について次のように説明している[3]

  1. リスクとは「目的に対する不確かさの影響」をいう。
  2. リスクマネジメントとは「リスクについて、組織を指揮統制するための調整された活動」をいう。
  1. 〔用語の説明〕
  2.   「影響」とは、期待されていることから、好ましい方向及び/又は好ましくない方向に乖離することをいう。
  3.   「目的」は、例えば、財務、安全衛生、環境に関する到達目標など、異なった側面があり、戦略、組織全体、プロジェクト、製品、プロセス等、異なったレベルで設定されることがある。
  4.   「リスク」は、起こり得る事象、結果又はこれらの組み合わせについて述べることによって、その特徴を記述されることが多い。
    (事象例)複数回発生することや、複数の原因を持つことがある。何か起こらないことも含む。事故・事態・ニアミス・ヒヤリハット等と呼ばれることがある。
    (結果例)一つの事象が様々な結果に繋がることがある。確かなこと・不確かなことがある。好影響・悪影響がある。定性的表現や、定量的表現がある。初期の結果が連鎖し、増大することがある。
  5.   「リスク」は、ある事象(周辺状況の変化を含む)の結果とその発生の起こりやすさとの組合せによって表現されることが多い。
  6. イメージ: (リスクの大きさ)=(発生時の影響の大きさ)×(発生確率)
  7.   「不確かさ」とは、事象、その結果又はその起こりやすさに関する、情報、理解又は知識が、例え部分的にでも欠落している状態をいう。


[1] Enterprise Risk Management

[2] JISQ31000(2010)、「ISO31000:2009 リスクマネジメント解説と適用ガイド」リスクマネジメント規格活用検討会(編集委員長 野口一彦)編著 ㈶日本規格協会 

[3] ISO31000(2009)及びJISQ31000(2010)の(2.1)

 

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