実学・企業法務(第95回)
第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
4. コンプライアンス
(3) コンプライアンスの確保に有効な手段
①「内部統制システム」と「リスクマネジメント」
会社の業務執行に対する監視・監査は、取締役・取締役会・監査役・会計監査人・内部監査担当者等が、事故・不祥事等の存在(過去・現在・将来の可能性を含む)を、(a) 認識した後で事実関係を調査・解明・評価して適切に措置し、又は、(b) 認識していない段階で自ら察知して適切に対処するために行う。
(a) の調査等は外部の第三者に依頼する方法でも可能だが、(b) には察知する能力が必要であり、人的資質と察知手段[1]の兼備が必要条件になる。
ステークホルダーの期待は、発覚後に対応する(a)よりも、自ら察知して措置する (b) の方が大きい。
取締役・取締役会・監査役等には、自社・他社の事故・事件等に対して採られた過去の措置を教訓にして、自社の内部統制システムの中に、事故・違法行為等を早期に検出して直ちに是正措置を講じるリスクマネジメントの仕組みを構築することが求められる。
② 内部通報制度(ヘルプライン)
企業の不祥事は、企業内に隠蔽されると、外部から容易に察知することができない。欠陥商品による被害者の発生、商品の虚偽表示、粉飾決算、カルテル等の多くの企業不祥事が、企業内に隠しきれないほど深刻になったときに初めて社内又は社外で顕在化して社会問題になっている。
このような不祥事の隠蔽を許さず、早期に外部に流出させて、社会が受ける被害をできるだけ小さくする仕組みが、2006年に施行された公益通報者保護制度、及び、独占禁止法の課徴金減免制度(リニエンシー制度)である。これらの制度によって不祥事が早期に小規模な段階で発覚すれば、その企業にとっても容易に対策できるので好都合である。
米国では、2002年に企業改革法[2]が制定され、その中で、会計または監査に関する不審な点について、従業員が秘密かつ匿名で通報できる仕組み[3]を確立することが企業に求められた。
日本では、制度導入の当初、「仲間を裏切るような密告制度はなじまない」という声もあったが、企業の不正行為の隠蔽が後を絶たず、しかも、内部告発によって明らかになる事件が繰り返されたことから、今では多くの企業が、内部通報受付窓口(ヘルプライン)を設けている。
社内の監査部門を強化しても、隠蔽された違法行為や社内規程違反を発見するのは容易でなく、それを認識可能にする手段として、近年、内部通報制度の評価が高まっている。
不祥事が発覚した多くの会社で経営陣が辞任したが、初期段階で内部通報を受けていれば、比較的容易に是正できたと思われるケースは多い。
ヘルプラインは、経営幹部を助ける命綱でもある。
[1] 監査役ホットラインの設置は有効な手段の一つであろう。
[2] 2002年に制定された米国のサーベンス・オクスレイ法 Sarbanes-Oxley Act。略称、SOX法。
[3] 匿名性を備えた通報制度が不正行為の発見に最も有効な手段である、という米国公認不正検査士協会の報告に裏付けられている。