弁護士の就職と転職Q&A
Q26「危機管理をやりたければ、まず検察に行くべきなのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
企業や団体で不祥事が発覚した場合に、企業等が自ら行う調査には外部弁護士が関与することが必須とみなされるようになってきました。法律事務所の側でも、一旦、受任してしまえば、フィーのディスカウントを求められることがない危機管理案件は、安心してビラブルのタイムを付けられる「ドル箱」という認識も定着して、大型案件には多数のアソシエイトが動員されています。ただ、記者会見等でメディアに露出するのは「ヤメ検」弁護士であることから、修習生からは「危機管理をやりたければ、まず検察に入るべきなのか?」という質問を受けるようになりました。
1 問題の所在
かつては、「企業法務」と言えば、組織法周りでは、会社の設立、株主総会・取締役会の運営など、契約法周りでは、契約書の作成・レビューなどの、いわゆる「ジェネラル・コーポレート」がイメージされていました。しかし、社内弁護士の増加も受けて、日常的に「条文と裁判例を頼りにすれば済むような法律相談」を外部事務所に依存する割合は減ってきています。そして、外部弁護士の主戦場は、「卓越した専門性」と「独立性」を売りにしたサービスに移行してきました。
経営陣が営業利益の積み増しを狙って行うM&Aも、外部弁護士の活躍する場ではありますが、依頼者企業の経営企画部門が司令塔となるため、ベンダーである法律事務所のリーガルフィーも予算管理の一部に組み込まれてしまいます。
これに対して、不祥事発覚後の事実調査では、経営陣もその裁量権の行使を控えさせられます。調査を委託された法律事務所は、予算制限なしに、徹底した仕事して、それに見合うフィーを請求することができるため、危機管理弁護士は「わが世の春」を謳歌してきました(以前は、第三者委員会に選ばれた弁護士が主体となった調査が行われていましたが、近時は、事務局を担う法律事務所が、委員の選定を含めて助言する事例が増えているように思われます)。
ただ、現在、大型案件を受任している検察出身のシニア・パートナーは「検察で修行を積んで、その成果を法律事務所で発揮しているだけ」という見方もあります。そこで、若手にとっては、「法律事務所における修行だけでもプロジェクトをマネージするようなレベルまで成長できるのか?」「お客さんは検察経験がない自分を信じて依頼してくれるのか?」という疑問が生じます。
2 対応指針
危機管理業務を担う上での検察経験のメリットは、実質的なものと形式的なものに分けられます。実質的には、関係者を尋問して記録化する経験値が高いと考えられています。また、形式的には、検察の要職を務めたという肩書は、調査結果の信頼性を担保するために役立つ、という信仰があります。
他方、検察の現場経験を売りにする弁護士に対しては、「英語も法律論も不得手である」「ストーリー先にありきの調査となる」「ヒアリングが強圧的である」「辞めてきた組織との人脈は期待できない」との批判も向けられており、検察出身者がすべて高い評価を受けているわけではないことにも注意が必要です。
依頼者企業との接点は、非「ヤメ検」が担うことも多いため、今後は、非「ヤメ検」と「ヤメ検」の連携が進むことになりそうです。
3 解説
(1) 検察経験のメリット
弁護士業を続けていれば、文書を作成する能力は磨かれるかもしれませんが、事実認定のための尋問能力は自然に磨かれるわけではありません。依頼者はフィーを支払ってくれるお客さんですし、紛争相手方との対話の場は、交渉や反対尋問になってしまいます。
この点、検察官であれば、事実を調査するためのヒアリングの経験を日常的に積んでいます。そのヒアリングは、起訴・不起訴の判断に直結する真剣勝負であり、企業法務系弁護士のDDレポートのように、評論家的なリスク指摘に終わるものではありません。その調査手法は「ストーリー先行型」と揶揄されることもありますが、大量の案件を扱う中で養われた「プロの見立て」は、大半の案件では合理的な結論を導いています。
法律事務所の危機管理チームに属していても、若手アソシエイトの作業は、大規模調査の一端を担うだけに留まるのに比べたら、検察において、小規模でも大量の事件を自ら主任として取り仕切った経験から培われたノウハウは、法律事務所では得られない有為なものと評価されています。
(2) 検察から弁護士への転向の難しさ
上記のとおり、検察で得られる経験値は大きいですが、「だからといって、弁護士へ転向することを目指して検察官になるべきか?」といえば、そう簡単ではありません。類型的な刑事事件の処理に忙殺されていたら、民事系の法律論を磨く機会はなくなります。また、危機管理案件は、特捜部での現場経験が重宝されますが、法律事務所としては、海外関係者絡みの事件のほうが収益性は高いので、「英語」ができなければ、「弁護士転向後の市場価値」は激減します。そのため、できれば、「特捜部経験」と「留学経験」を兼ね備えてもらいたいところですが、そのようなエリートコースを歩ませてもらった検察官が、どのタイミングで退官できるのか、という疑問も湧きます(法律事務所は、喧嘩別れして退官されることを嫌いますので、「現場経験が豊富で、優秀で留学にも行かせてもらった出世ルートに載っていた検察官が、プレイヤーとしての現役性を失う前に(決裁官になって自分の手を動かさなくなってしまう前に)、何らかの事情で辞めることになり、円満退職してうちに来てくれる」という、針の穴をも通すシナリオを期待することになります)。
また、弁護士転向後の仕事は、検察時代のように、事件が自動的に配転されるわけでもなければ、調査に強制力が与えられるわけでもありません。依頼者には営業マインドを持って接して、かつ、尋問は(正義感を振りかざして威圧的に振る舞って自白を引き出すのではなく)テクノロジーを駆使して得られた証拠を突きつけて、矛盾を突く形での真実探求を行う、という大転換をしてもらう必要があります。
(3) 「ヤメ検」と非「ヤメ検」の棲み分け
これまでは、「依頼者が、大物ヤメ検に相談して、そのヤメ検が自己の人脈を用いてチーム編成をする」という進め方が数多く見られました。しかし、コントローラブルではないヤメ検に依頼したが故に、案件の処理方針を巡って経営陣と対立する場面も生まれました。そのような反省も踏まえて、近時の企業の不祥事対応においては、企業としては、「どのような外部専門家をメディア対応の責任者に据えるべきか?」「第三者委員会を組成すべきかどうか?」のスキーム作りから弁護士に相談するようになりました。
このような事務局的業務は、対外的に経歴をアピールする必要はなく、むしろ、実質的に依頼者やその他ステークホルダーとの調整能力に長けた弁護士が担うべきであると考えられています。現状では、この事務局的業務も、検察出身者が、豊富な危機管理対応の経験を生かして担当することが多いように思われますが、今後は、その下で育って来た(検察経験はない)若手弁護士が、その座を承継することが期待されています(ただ、不祥事対応は、依頼者が相談をリピートしてくるわけではないので、相続的な意味での案件の承継はありません。若手弁護士は、事務所の看板を利用しつつ、自らの名前を市場に売っていく必要があります)。
以上