◇SH1604◇インドネシア:新規事業と法規制(2)~配車アプリ事業、イーコマース事業、オンライン決済事業を例に~ 福井信雄(2018/01/26)

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インドネシア:新規事業と法規制(2)

~配車アプリ事業、イーコマース事業、オンライン決済事業を例に~

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 福 井 信 雄

 

2. 配車アプリ事業(続)

 2017年4月18日掲載の拙稿「インドネシア:配車アプリを巡る狂騒」でインドネシアの配車アプリ事業の広がりに伴い顕在化した法的論点と監督当局の動向について紹介した。その後、インドネシア国内での配車アプリ事業に対する規制に関しては最高裁判決で一部無効の判決が出され、それを受けて再度運輸大臣令が制定された。そこで本稿では前回記事のアップデートとしてその後の動きを紹介したい。

(1) 最高裁判所による一部無効判決

 インドネシアでは、2015年頃から配車アプリ事業の参入が本格化し既存タクシー業界との対立が徐々に先鋭化していった。インドネシア政府は運輸省が主導する形でその調整に乗り出し、2016年4月に「非固定路線の公共輸送サービスの組織に関する運輸大臣令第32号」を、その後2017年3月には「2016年運輸大臣令を改正する非固定路線の公共輸送サービスに関する運輸大臣令第26号」(以下、総称して「旧運輸大臣令」という。)を制定した。(詳細については上述の2017年4月18日掲載の拙稿をご参照されたい。)この旧運輸大臣令では、タクシー業とは異なる「レンタル運送サービス業」というライセンスを取得することにより、事実上、配車アプリ事業者が自社アプリを使用した運送事業へ参入する道筋をつけた一方で、既存タクシー業界を一定程度保護する目的で、かかるレンタル運送サービス事業者に対しては、サービス提供可能地域、車両数、運賃の上限及び下限等に関する制限を課した。

 これに対して、旧運輸大臣令がレンタル運送サービス事業者に対して課している種々の制限が中小零細企業法及び道路運送法に違反することを理由に司法審査の申し立てがなされ、2017年7月20日最高裁判所の判断が示された。そこでは、旧運輸大臣令が定めるレンタル運送サービスに対して課せられた種々の規制のうち、15の規制が法令に違反している旨判示された。なかでも特に重要なのは、上述の①サービス提供可能地域及び車両数の制限並びに②運賃の上限及び下限に関する制限が法令違反と判断された点である。①は、レンタル運送サービスに従事する個々のドライバーの収入を得る機会やレンタル運送サービス業に従事すること自体を不当に制限するものであり、公正な経済システムのもとで中小零細企業の事業を拡大させることを制度趣旨とする中小零細企業法に反すること、②はタクシー業以外の非固定路線の公共輸送サービスに関する運賃はサービス提供者と利用者との合意に基づき決定されると定める道路運送法第183条第2項に違反すること、がその理由とされた。

(2) 新たな運輸大臣令の制定

 上述の最高裁判決に基づき旧運輸大臣令の改正を迫られた運輸省は、2017年10月24日に新たに「非固定路線の公共輸送サービスの組織に関する運輸大臣令第108号」(以下、「新運輸大臣令」という。)を制定し、新運輸大臣令は11月1日より施行された。

 新運輸大臣令では、上述の最高裁判決で法令違反と判示された旧運輸大臣令の規定の大半は撤回され、最高裁判決に沿った内容に修正されている。しかしながら、上述の①サービス提供可能地域及び車両数の制限並びに②運賃の上限及び下限に関する制限については、新運輸大臣令においてほぼ旧運輸大臣令における規定がそのまま承継されており、最高裁判決の内容とは齟齬が残ったままの規定となっている。

(3) 今後の展望

 今回の新運輸大臣令に関して注目すべき点は、①最高裁判決が出されてからインドネシアでは異例とも言うべき速さで新運輸大臣令が制定及び施行されたことと、②最高裁判決で法令違反と判示された規定が新運輸大臣令において存続していることである。特に後者の点は、インドネシアの最高裁判決の効力という側面から見ても興味深い事象である。

 インドネシアの裁判所の判決には先例拘束性が無いとされており、各裁判所が最高裁判所の過去の判決に沿った判断をすることは必ずしも期待できず、これがインドネシアの法的予見可能性が低いことの一因になっている。(ただし、これは先例拘束性が無いことだけが要因では無く、判例検索システムが無く裁判官であっても最高裁判決に容易にアクセスができないことや裁判官の能力の問題や汚職の問題等複数の要因が複雑に絡み合っている。)また一事不再理の原則も十分に機能していないことから、同一の事案についていったん最高裁判所で終局的に解決したものが、再度わずかに内容を変更して同一当事者により実質的に同一の訴訟が提起されるということも実務上生じている。

 ただ、今回のように、行政当局が最高裁判決に抵触することが明らかな省令を(意図的に)制定するということはインドネシアでも珍しい。運輸省の対応の速さと新運輸大臣令の内容を勘案すると、行政が今回の司法判断に対して対決姿勢を打ち出しているようにも見え、司法による判断が制度的にも実務的にも尊重されているとはいえない社会状況を映し出しているようでもある。旧運輸大臣令に対して法令違反の訴えを提起したのは複数の個人の運転手であったが、また同様の訴訟が新運輸大臣令に対しても提起され、第2ラウンドが開始される日も近いのではないかと予想される。先例拘束性が無いことから前回と異なる判断がなされる可能性も理論上は否定できず、仮にそれを行政当局が狙って今回の新運輸大臣令を制定したとすれば、改めてインドネシアにおける司法による終局的な紛争解決の難しさを感じるところである。

 

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