ベトナム:新労働法による変更点⑨
懲戒処分
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
2021年1月1日に施行される新労働法(45/2019/QH14、以下「新法」)による現行法からの主要な変更点や、企業が労務管理上気をつけるべきポイントの第9回として、労働規律処分(懲戒処分)について現行法と新法を比較しながら解説します。なお、弊職らが作成した新法の日本語仮訳が、JETROのウェブサイト[1]で公開されていますので、ご参照下さい。
1 変更内容の概要
論点 | 現行法 | 新法 |
労働規律の概念 | 労働規律とは、就業規則における、時間、技術及び生産経営の指揮の遵守についての規定である。(118条) | 労働規律とは、使用者により就業規則で公布され、又は法令により定められる、時間、技術及び生産経営の指揮の遵守についての規定である。(117条) |
禁止行為 | 就業規則に定めのない違反行為を行った労働者に対して、労働規律処分を行うこと。(128条) | 就業規則に定めのない、締結済みの労働契約で合意されていない、又は労働に関する法令において定めのない違反行為を行った労働者に対して、労働規律処分を行うこと(127条) |
懲戒処分会議への労働者代表組織の参加 | 基礎レベル労働者代表組織の参加がなければならない。(123条1項b号) | 規律処分を受ける労働者が構成員である基礎レベル労働者代表組織の参加がなければならない。(122条1項b号) |
2 就業規則がない場合の懲戒処分の可否
労働規律違反に対する懲戒処分については、新法第119条及び第127条で現行法からの若干の文言の修正が加えられています。この変更箇所だけをみるとさほど重要な変更にはみえませんが、実務的には、就業規則を登録していない労働者10名未満の小企業でも懲戒処分を行うことができることを明確にした重要な変更であると考えられます。
すなわち、現行法では、労働者を10名以上使用する使用者は、文書により就業規則を作成しなければならず(現行法第119条)、就業規則は当局に登録することで効力を有することになります(現行法第122条)。そして、就業規則で規定された違反行為以外の行為を理由に労働者に懲戒処分を行うことは禁止されています(現行法第128条)。
これらの規定からすると、就業規則を作成することが求められていない労働者10名未満の使用者の場合、あえて就業規則を作成して登録しない限り、懲戒処分の根拠となる就業規則の規定が存在しないため、いかなる違反行為に対しても懲戒処分をすることができないという解釈がありました。そのため、労働者が10名未満でもあえて就業規則を作成して登録することをお勧めしていましたが、労働組合や当局の担当者によってはその必要性を理解せず、労働者が10名未満である場合には作成の必要がないことを理由に登録を拒否する例もありました。
これに対して、新法では、就業規則を作成していなくても、労働契約又は法令に規定されている違反行為を行った労働者に対して懲戒処分を行うことができる文言になっています。すなわち、新法第117条では就業規則以外にも法令の定め自体が労働規律の一部を構成するものとされ、かつ、第127条においては、労働契約や法令で定められた違反行為を行った労働者に対して処分を行うことが禁止行為に該当しない書きぶりになっています。
なお、新法における就業規則に関する改正点については追ってまとめて解説しますが、新法では労働者10名未満の使用者にも就業規則を公布する義務が課されています(新法第118条1条)。
3 懲戒処分会議への参加者
現行法では、労働規律違反を犯した労働者に対して懲戒処分を科すには、当該労働者と基礎レベル労働者代表組織の代表者が参加した会議を開催し、使用者が労働者の違反を立証する必要があります(現行法第123条1項)。そして、現行法では「基礎レベル労働者代表組織」は社内に労働組合が設立されていない場合には、直属の上部労働団体がこれに該当することになっています(現行法第3条4項)ので、地域の労働組合から代表者を呼んでくる必要があります。新法でもこの手続きは同様に必要ですが、労働者代表組織からの参加は、懲戒処分を受ける労働者が構成員である基礎レベル労働者代表組織からのみ必要とされる形になっています。
これは、現行法では労働総同盟傘下の労働組合のみが労働者代表組織として認められているのに対して、ベトナムの環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への参加により労働者の団結権が認められ、労働総同盟傘下以外の労働者団体の設立、すなわち複数労働組合制が認められるようになったことに対応しているものです。そして、新法では、社内の労働組合がない場合に上部組合が「基礎レベル労働者代表組織」にあたるという規定はありませんので、社内で労働者代表組織が設立されていない場合には、これまでのように上部労働組合の代表者を呼ぶ必要がなくなったものと考えられます。
[1] https://www.jetro.go.jp/world/asia/vn/business/。中段「労務」の項に、日本語訳のみの版と日越併記版があります。
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(さわやま・けいご)
2004年 東京大学法学部卒業。 2005年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。 2011年 Harvard Law School卒業(LL.M.)。 2011年~2014年3月 アレンズ法律事務所ハノイオフィスに出向。 2014年5月~2015年3月 長島・大野・常松法律事務所 シンガポール・オフィス勤務 2015年4月~ 長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス代表。
現在はベトナム・ハノイを拠点とし、ベトナム・フィリピンを中心とする東南アジア各国への日系企業の事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。
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