日本企業のための国際仲裁対策
森・濱田松本法律事務所
弁護士(日本及びニューヨーク州)
関 戸 麦
第69回 仲裁条項の作成(6)
3. 基本型モデル仲裁条項の修正その2
(4) 調停との組み合わせ
- a. 種類
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基本型モデル仲裁条項を修正する視点としては、調停(mediation)と仲裁(arbitration)を組み合わせることが考えられる。組み合わせ方として主なものは次の二つ、すなわち、調停を仲裁に先行させるもの(Med-Arb)と、仲裁を先行させ、そこから調停に移行し、調停が成立しない場合には仲裁に戻るというもの(Arb-Med-Arb)である。
後者のArb-Med-Arbは、SIACとSIMC(シンガポール国際調停センター)が共同して推奨しており、その概要、メリットとコスト、手続の流れ等は、第45回において述べたとおりである。
また、前者のMed-Arbについては、仲裁の開始時期につき、一定の制限を設けるものと、設けないものとがある。また、Med-Arbについては、緊急仲裁人(emergency arbitrator)の制度が、先行する調停と緊張関係にあり得るため(緊急仲裁人のもとで争っていることは、調停での和解協議の支障となり得るため)、緊急仲裁人の制度を適用するか否かについて、特に検討をする必要性が高い。
以下、各点につき文例を検討する。 - b. Med-Arb(仲裁の開始時期に制限を設けないもの)
- Med-Arbについては、ICCが文例を用意しており、仲裁の開始時期に制限を設けない場合の文例は、以下のとおりである[1]。
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(x) In the event of any dispute arising out of or in connection with the present contract, the parties shall first refer the dispute to proceedings under the ICC Mediation Rules. The commencement of proceedings under the ICC Mediation Rules shall not prevent any party from commencing arbitration in accordance with sub-clause y below.
(y) All disputes arising out of or in connection with the present contract shall be finally settled under the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce by one or more arbitrators appointed in accordance with the said Rules. - 但し、仲裁の開始時期に制限を設ける場合、調停の開始から間を置かずに、仲裁を申し立てることが可能であるため、その場合、調停が軽視され、和解成立の可能性が低くなることが懸念される。もっとも、仲裁が申し立てられても、仲裁人が選任されるまでは2から3か月程度を要し、さらにはそれ以上の期間を要する可能性もあるため、その間に調停において、実質的な和解協議が行われる可能性もある。
- c. Med-Arb(仲裁の開始時期に制限を設けるもの)
- 仲裁の開始時期に制限を設けない場合の、ICCの文例は、以下のとおりである[2]。
- In the event of any dispute arising out of or in connection with the present contract, the parties shall first refer the dispute to proceedings under the ICC Mediation Rules. If the dispute has not been settled pursuant to the said Rules within [45] days following the filing of a Request for Mediation or within such other period as the parties may agree in writing, such dispute shall thereafter be finally settled under the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce by one or more arbitrators appointed in accordance with the said Rules of Arbitration.
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この文例では、仲裁の開始時期の制限として、調停申立から45日間は仲裁を開始できないと定めている。この「45日間」は、他の日数等に変更可能である。調停のために期間として必要十分と思われる日数等を、個別に定めればよい。
なお、調停をより充実させるという観点からは、調停が終了するまでは、仲裁を開始できないと定めることも考えられるが、基本的には、望ましくない。なぜなら、「調停が終了」したとの判断は、必ずしも容易ではなく、この点に関して争いが生じうるからである。これに対し、「45日間」と日数等の経過の判断であれば、客観的に明らかであるため、争いは生じ難い。そこで、仲裁の開始に対する制限は、ICCの文例では、日数による期間制限となっている。 - d. Med-Arbと緊急仲裁人の制度との関係
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前記a.のとおり、Med-Arbの場合、緊急仲裁人の制度が、先行する調停と緊張関係にあり得るため、緊急仲裁人の制度を適用するか否かについて、特に検討をする必要性が高い。
この緊張関係を解消する方法としては、まず、緊急仲裁人の制度の適用を排除することが考えられる。その際の文例としては、前回(第68回)の3(2)項において述べたとおり、次のものがある。 - The Emergency Arbitrator Provisions shall not apply.
- 前記c.の仲裁の開始時期に制限を設ける場合については、緊急仲裁人の制度との緊張関係を緩和する方法として、その開始時期が到来するまでは、緊急仲裁人の申立を認めないことが考えられる。前記c.の文例の場合であれば、調停の申立から45日間は、緊急仲裁人の申立も認めない旨を定めることになる。この点、ICCが以下のとおり、文例を用意している[3]。
- The parties shall not have the right to make an application for Emergency Measures under the Emergency Arbitrator Provisions in the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce prior to expiry of the [45] days or other agreed period following the filing of a Request for Mediation.
- 一方、前記c.の仲裁の開始時期に制限を設ける場合で、緊急仲裁人の申立を制約しない場合には、すなわち、所定の仲裁の開始時期前であっても緊急仲裁人の申立を認めるのであれば、その旨明記するべきである。そうしなければ、所定の仲裁の開始時期前に緊急仲裁人の申立をすることの可否について、不明確であるため、争いが生じうるからである。この点、ICCが以下のとおり、文例を用意している[4]。
- The requirement to wait [45] days, or any other agreed period, following the filing of a Request for Mediation, before referring a dispute to arbitration shall not prevent the parties from making an application, prior to expiry of those [45] days or other agreed period, for Emergency Measures under the Emergency Arbitrator Provisions in the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce.
- なお、前記c.の仲裁の開始時期に制限を設ける場合には、明文で定めない限り上記の不明確さが存在するため、無用な争いを回避するために、上記3通りの文例のいずれかに倣い、緊急仲裁人の制度との関係を明文で定めるべきである。
- e. Arb-Med-Arb
- 仲裁を先行させ、そこから調停に移行し、調停が成立しない場合には仲裁に戻るというArb-Med-Arbについては、SIMCが以下のとおり、文例を用意している[5]。第66回の2(2)項で紹介したSIACのモデル仲裁条項と共に、これに続けて記載することが予定された文例である。
- The parties further agree that following the commencement of arbitration, they will attempt in good faith to resolve the Dispute through mediation at the Singapore International Mediation Centre (“SIMC”), in accordance with the SIAC-SIMC Arb-Med-Arb Protocol for the time being in force. Any settlement reached in the course of the mediation shall be referred to the arbitral tribunal appointed by SIAC and may be made a consent award on agreed terms.
- ここで言及されている「the SIAC-SIMC Arb-Med-Arb Protocol」は、SIMCのホームページで入手可能であり[6]、これに基づく手続については、第45回の7(2)項で述べたとおりである。
- f. 検討の視点
- 今回述べたことに関する検討事項としては、以下の点がある。
- ① 調停と仲裁を組み合わせるべきか。
- ② 組み合わせるとしてMed-Arbと、Arb-Med-Arbのいずれが望ましいか。
- ③ Med-Arbの場合、仲裁の開始時期に制限を設けるべきか。
- ④ 設ける場合には、緊急仲裁人の制度の適用範囲をいかに定めるか。
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いずれの点も一概には決めがたいが、考慮要素としては、まず①について、和解の可能性をより高めるという観点からは、調停と仲裁を組み合わせることは望ましいと言える。組み合わせることのデメリットとしては、仲裁手続を進める上で、調停の要件が無用な争いのもとになるリスクが指摘されるが、上記の文例であればいずれもこのリスクへの手当がなされており、特段の問題はないと考える。
次に②は、第45回の7(2)項で述べたところであり、要点のみ再度指摘すると、Arb-Med-Arbには、より緊張感をもった和解協議が期待できる、消滅時効の進行や出訴期間の経過をより早期に阻止することができる、和解に執行力を持たせやすいといったメリットが考えられる反面、コストがMed-Arbよりも高くなる可能性があるとのデメリットが考えられる。
Med-Arbの場合に関する③の点は、仲裁の開始時期に制限を設けることも、設けないこともいずれも考えられる。和解の可能性により期待するということであれば、制限を設け、かつ、仲裁の開始までの期間を長めにとることになるが、仲裁による紛争の早期解決を重視するということであれば、仲裁の開始までの期間を短めにするか、さらには制限を設けないという方向になる。
この制限を設けた場合に関する④の点は、和解の可能性と、緊急仲裁人による暫定・保全措置のいずれを重視するかのバランスが軸となる。和解の可能性を重視するのであれば、緊急仲裁人の制度は適用を排除するか、あるいは仲裁の開始時期が到来するまでは緊急仲裁人の申立を認めない方向となる。また、これに加えて、前回の3(2)項で述べた緊急仲裁人の申立に対する応訴の負担を重視することも、同様の方向に働く要素である。逆に、緊急仲裁人による暫定・保全措置を重視するのであれば、その申立を何ら制約しない方向となる。
以 上
[1] ICCのホームページで入手可能である。https://iccwbo.org/dispute-resolution-services/mediation/mediation-clauses/
[2] 前掲注[1]記載のICCのホームページで入手可能である。
[3] 前掲注[1]記載のICCのホームページで入手可能である。
[4] 前掲注[1]記載のICCのホームページで入手可能である。
[5] SIMCのホームページで入手可能である。http://simc.com.sg/the-singapore-arb-med-arb-clause/
[6] 英語版のほか、日本語版等もある。http://simc.com.sg/siac-simc-arb-med-arb-protocol/