◇SH1623◇債権法改正後の民法の未来5 事情変更(4) 平井信二(2018/02/05)

未分類

債権法改正後の民法の未来 5
事 情 変 更 (4)

アクト大阪法律事務所

弁護士 平 井 信 二

 

Ⅴ 今後の参考になる議論

2 要件および効果論

(2) 効 果

 ア 解 除

 前述したとおり、契約改訂については必ずしも十分な議論の蓄積があるとはいえないと考えられたことから、事情変更の法理全体を明文化するという体裁でなく、解除権が発生する一類型と位置付けて、明文化の検討が続けられた。

 なお、事情変更の法理の要件が満たされる場合には、通常、損害賠償責任が認められないことを考慮し、解除を認めるに当たっての金銭的調整のための条件を付す考え方が紹介されたが[39]、解雇の有効性要件を充足していない場合に、金銭補償をもって解雇を正当化して契約を終了させることは認められず、金銭的調整になじまない契約類型があることに留意すべきとの意見が出された[40]

  1. イ 契約改訂
  2. (ア) 私的自治との関係
     契約改訂については、①裁判所に広範な契約の改訂権限を認めることが私的自治への過度の介入になることや、②当該契約に通暁しない裁判所に適切な契約改訂を行うことが可能か否か疑問であるとの懸念が示されており、学説の一部も効果として契約の解除のみを認めるべきであるとしている。
     しかし、ゴルフ場のり面崩壊の事案のように、解除により契約関係を解消することが問題の解決にはつながらず、契約改訂の必要性が認められる場合がある。また、請負契約において材料費が海外での戦争勃発等の影響により著しく高騰したときに、注文者が当初の報酬額を主張するのに対し、報酬額の増額調整を認めることが妥当と考えられる事案[41]も存在することから、契約改訂の解釈論上の可能性を否定するものではないものとして議論が進められた。
     もっとも、私的自治に対する裁判所の干渉という側面を踏まえ、当事者の要求する改訂内容の主張に拘束されることなく裁判所が裁量的に改訂内容を定めることができるかという論点が存在する。
     これに対し、私的自治を確保する観点から当事者の提示した改訂内容に限るとする案[42]に対しては、予備的な主張を段階的に行うことによって、結局、裁判所が改訂内容を決することにならざるを得なくなるのではないか、またこの場合、裁判所はいかなる基準によって改訂内容を決するのかが明らかでない旨の意見が述べられた[43]
     なお、契約改訂については、裁判所あるいは第三者によって契約内容を改訂するというのではなく、事情変更があった場合には再交渉のプロセスを当事者に確保させ、当事者が自律的に契約内容の改訂を行うようにするとの考え方について紹介がなされている[44]
  3. (イ) 解除との優先関係
     事情変更の法理の効果として、解除と契約改訂双方を認める場合、一方は解除を主張し、他方は契約改訂を主張する場面があり得、解除と契約改訂のどちらを優先すべきかが論点となる。
     この点に関し、いったん成立した契約の拘束力をできる限り維持すべきとして契約改訂を優先する考え方と、契約改訂は裁判所による私的自治への介入という重大な結果をもたらすことから、契約改訂は両当事者が契約の解消を望まない場合に初めて認めるべきとして解除を優先する考え方、また条文上両者の優劣関係を定めないという考え方が紹介されている。
  4. (ウ) 手続面
     事情変更の法理については、要件充足の判断が一義的に明確ではない場合が少なくないと思われることにも照らすと、効力発生についても、裁判所を関与させることが当事者の予測可能性や法的安定性から望ましいとの観点から、訴訟手続のみによって行使することができるとの案が提示された。その際、平成15年の民法改正前における詐害的短期賃貸借の解除の規定(同改正前民法395条)が参照され、「当事者は、裁判所に対し、契約の解除を請求し、又は契約の改訂を請求することができる」との文言が提示された[45]
     もっとも、裁判上の行使を要するとした場合、たとえば、等価関係破壊の事案で、債権者から裁判外で催告解除がなされた場合、後になされた判決により契約改訂の遡及効を認めるかどうかという問題が提起されている[46]
     非訟事件とする構成も考え得るが、当事者の予測可能性の観点から当事者の提示した改訂案に限るとするのであれば、訴訟手続として構成することになると思われる旨の意見が出されている[47][48]
     また、攻撃防御方法の一態様として契約の解除または契約改訂を求めることを許容するかにつき、許容した場合、判決の理由中でのみ示されることとなり、とりわけ契約改訂について改訂内容どおりの権利義務関係につき既判力を付与することができないという問題が生じることが指摘された。これについては、形成訴訟とする考え方があり得るが、形成判決は確定しなければ効力が生ぜず、相手方の履行請求に対し契約改訂を主張したとしても、その判決が確定しないうちに第一審判決で相手方の請求を棄却できるのかという問題がある[49]。なお、契約内容について既判力を付与するには、形成訴訟にせずとも改訂後の契約内容について確認請求するという方法も提示されている[50]
     また、保証人等の第三者に対する効力をどのように考えるかについても検討する必要がある[51]
  5.  
  6. ウ 再交渉義務について
  7. (ア) 事情変更の法理を認める考え方の中には、前提として再交渉請求権・再交渉義務を規定すべきとの見解があることから、検討がなされた[52]
     しかしながら、効果として、再交渉義務が発生するとすることについては、濫用の危険を増加させるものとして反対意見が述べられ、具体的に何をもって再交渉義務が果たされたとするのかといった問題が提起された[53]
     また、再交渉義務については、当事者による紛争解決を硬直化するおそれがあるという意見があり、効果でなく解除等の手続要件とすべきではないかという意見が出されるなどした[54]。 
  8. (イ) 再交渉申入れがなされた場合の効果としては、遅延賠償請求は認めるものの、履行請求権の行使は制限され、それに伴い、債務不履行による解除権の行使も制限されるとの見解が紹介された。再交渉義務が尽くされたが交渉が妥結しなかった場合には、履行請求権が消滅し、契約改訂や解除を請求する段階に至るとする見解である。
     また、再交渉義務違反の効果としては、①契約改訂に利益を有する当事者の相手方の違反の場合には、改訂請求どおりの契約改訂が認められ、契約改訂に利益を有する当事者の違反の場合は、改訂請求が否定ないし制限されるとする見解、②違反者に損害賠償責任を認める見解、③違反者の解除権を制限する見解、④義務違反に対する制裁はなく、裁判所が解除や契約改訂を判断する際に考慮できるとの見解が紹介されている[55]


[39] 部会資料19-2。

[40] 第60回議事録3頁。

[41] 部会資料57。

[42] 裁判所の命令による信託の変更について規定した信託法150条参照。ただし、同条は「信託事務の処理の方法に係る信託行為の定め」に変更対象を限定している。

[43] 第19回議事録25頁、第75回議事録9頁。

[44] 第75回議事録9頁以下。

[45] 部会資料48。

[46] 第2分科会第6回議事録36頁。

[47] 第60回議事録12頁以下。

[48] 契約改訂訴訟について検討したものとして、民法(債権法)改正検討委員会編・前掲注(23)396頁以下。

[49] 第60回議事録13頁。

[50] 第2分科会第6回議事録35頁以下。

[51] 前掲注(49)同頁。なお、形成判決にするならば第三者効を認める方向性になるとの意見がある。

[52] 部会資料19-2、部会資料48。

[53] 第75回議事録15頁。

[54] 部会資料24。

[55] 部会資料19-2。

 

タイトルとURLをコピーしました