◇SH3716◇ベトナム:PPP政令を踏まえたベトナムPPP制度の論点(2) 澤山啓伍(2021/08/17)

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ベトナム:PPP政令を踏まえたベトナムPPP制度の論点(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 澤 山 啓 伍

 

(承前)

 (2)スポンサーの有限責任

 PPP案件の実施者として選定された民間事業者(「スポンサー」と呼ばれる)は、所轄の政府機関との間での権利義務関係を定めるプロジェクト契約を締結することになる。PPP法以前の政令では、①プロジェクト契約は選定されたスポンサーと政府機関との間で直接締結され、その後スポンサーが設立したプロジェクト会社がその契約に参加するか、契約上の権利義務を承継する契約を締結する形で当事者となる方式、及び②当初からスポンサーとプロジェクト会社が共同で政府機関との間で契約を締結する方法を定めていた。しかし、PPP法では、後者のみが規定されており、スポンサーとプロジェクト会社が一方当事者として当局との間でプロジェクト契約を締結することとされている。スポンサーが複数からなる場合は、全ての構成員がプロジェクト契約に署名・捺印する必要がある。

 日本や先進国におけるPPP案件では、直接スポンサーがプロジェクト契約の当事者とはならず、SPCであるプロジェクト会社が当局との間でプロジェクト契約を締結するのが通常である。これは、PPP案件がスポンサーによる「投資」であり、スポンサーはその「投資」における責任を限定する必要があるからである[1]。また、PPPプロジェクトにおいては、SPCと契約を締結する政府側が、スポンサーなどからの保証を取ることは通常適切ではないとされている[2]。ベトナムのPPP案件では、スポンサーがプロジェクト契約の当事者となる結果、この有限責任が確保できなくなる可能性があることに注意が必要である。実際、PPP法に基づくものではないが、当職が助言している過去のPPP案件で締結されたプロジェクト契約[3]でも、スポンサーが当事者に加わっており、いくつかの規定においてスポンサーとプロジェクト会社との責任分担が曖昧でスポンサーの有限責任が否定されうる文言が見受けられる。

 なお、PPP法では政府がプロジェクト契約の標準雛型を制定することが定められており、政令35号でその雛型が公表されることが期待されていた。しかしながら、政令35号は、別紙VIでプロジェクト契約に定めるべき事項の項目を列挙するに留め、具体的な文言までは提示していない。したがって、プロジェクト契約においてスポンサーが負うべき責任とプロジェクト会社が負うべき責任とがどのように峻別されることになるのか、スポンサー・サポートがどこまで求められるのかは判然としていない。今後公布される通達においてそのような具体的な文言も含めた雛型が定められることが期待されているため、それがどのようなものになるか、さらには実際の案件で提示される契約内容の慎重なチェックが必要である。

 

(3)中途解約のレンダーのステップ・イン

 通常PPPプロジェクトでは、プロジェクトがスポンサーの責任で立ちゆかなくなった場合に、当該プロジェクトに融資を行っている金融機関がその担保権を行使し、スポンサーを交代させることでプロジェクトを再生し融資の回収を可能とするための仕組み(レンダーのステップ・イン権と呼ばれる)が構築される。

 これを念頭に置いているのか、PPP法では、PPPプロジェクトが期間満了前に終了し、スポンサーの交代が必要な場合、レンダーが当局と協力して新たなスポンサーを選定することが定められている。しかしながら、通常レンダーとしては、ステップ・インを行う時期及び新スポンサーの選定にあたっての自由な決定権を確保することを求める。実際、PPP法制定前の政令第63/2018/NÐ-CP号では、レンダーはプロジェクト契約又はローン契約の違反があった段階で(プロジェクト契約の解除前に)ステップ・インができることになっていた。ところが、上記PPP法の規定は、プロジェクト契約が期間満了前に終了した後でのレンダーの関与のみを規定しており、さらにそれを受けた政令35号の規定をみると、プロジェクト契約が終了した場合に、プロジェクト契約を締結していた当局がレンダーと協力の上新スポンサーを選定する上での条件を定め、それを受けてプロジェクトの承認機関の承認を得て新契約の内容、新スポンサー候補などを定めることになっている[4]。すなわち、PPP法では時期の制約はありつつもレンダーが主体的に新スポンサー候補の選定を進められるような表現になっていたものが、政令35号ではプロジェクト契約を締結していた当局が主体となって新スポンサー候補を選定し、しかもそれにはプロジェクトの承認機関の承認が必要ということになっている。これではレンダーのステップ・イン権は有名無実といわざるを得ないように思われる。

 


[1] 樋口孝夫『資源・インフラPPP/プロジェクトファイナンスの基礎理論』(金融財政事情研究会、2014)55頁

[2] 英国大蔵省『Standardisation of PFI Contracts Version 4』29頁

[3] プロジェクト契約の締結段階では当職は助言していなかったものである。

[4] もちろん、プロジェクト契約解除前に担保実行や任意売却でのスポンサー交代は可能と思われるが、スポンサーによるプロジェクト会社の持分譲渡にも当局の承認が必要とされている。

 


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(さわやま・けいご)

2004年 東京大学法学部卒業。 2005年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。 2011年 Harvard Law School卒業(LL.M.)。 2011年~2014年3月 アレンズ法律事務所ハノイオフィスに出向。 2014年5月~2015年3月 長島・大野・常松法律事務所 シンガポール・オフィス勤務 2015年4月~ 長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス代表。

現在はベトナム・ハノイを拠点とし、ベトナム・フィリピンを中心とする東南アジア各国への日系企業の事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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