◇SH1641◇社外取締役になる前に読む話(9)――判断に必要な情報量と検討時間の不足をどう乗り越えるか⑴ 渡邊 肇(2018/02/14)

未分類

社外取締役になる前に読む話(9)

ーその職務と責任ー

潮見坂綜合法律事務所

弁護士 渡 邊   肇

 

IX 判断に必要な情報量と検討時間の不足をどう乗り越えるか(1)

ワタナベさんの疑問その6

 取締役会において、M&A案件が審理されることになった。非上場会社であるターゲット会社の株式を49%購入するというのがその内容である。議案の内容は、取締役会当日に配付された資料に簡潔にまとめられているが、いかんせん、配付された資料だけでは、案件の全容が全く分からない。

 どうしたらよいのだろうか。

 

解説

 設例からは様々な問題が見えてくるが、まず、社外取締役が取締役会における意思決定を行うための情報が十分付与され、その検討のための時間は与えられているのか、それが不十分だとすると、社外取締役は、それを補うために何をすれば良いのか、という問題を検討してみよう。

 取締役会における意思決定にあたっては、決議に参加する総ての取締役が、意思決定のために必要十分な情報を検討する必要があることは当然である(そのために会社が取締役に付与すべき情報の種類と内容を、社外取締役とその他の取締役とで区別することは許されないと解すべきことについては、これまで解説したとおりである。)。

 取締役の意思決定及び業務執行の是非を精査するにあたり、取締役の積極的な経営を阻害することを回避するための原則に「経営判断の原則(Business Judgment Rule)」がある。取締役が業務執行にあたり行った判断は、経営上の判断として尊重すべしというものだが、もともと米国デラウェア州の衡平裁判所(Court of Chancery)が導入した原則であり、現在の我が国の裁判所も依拠していると考えられる。そして、取締役が同原則の保護を受けられない状況の一つとして、我が国裁判所は、「意思決定が行われた当時の状況下において、当該判断の前提となった事実の認識の過程(情報収集とその分析、検討)に不注意な誤りがあり、合理性を欠いているか否か」という判断基準を採用している。つまり、取締役が経営判断を行うにあたり、判断のために必要な情報収集を行わず、その結果不合理な判断をしてしまった場合には、それにより招来された結果については経営判断として尊重される枠内には収まらず、取締役の責任が発生する可能性があるとされているのである。

 逆に言えば、会社側(端的に言えば、業務執行担当取締役ということになろうか)が、意思決定に参加する総ての取締役に対し、当該意思決定を行うに必要な情報を総て提供せず、不十分な情報に基づいて取締役会で意思決定が行われ、当該決定に基づいて行われた業務執行行為の結果、会社が損害を被った場合には、当該意思決定に関与した取締役全員が、会社に対して当該損害の賠償責任を課せられる危険性が発生することになる。会社側が各取締役に対し、経営判断に必要な情報を十分に提供することがいかに大切であるか、この点からもご理解頂けると思う。

 しかしながらこの点、社外取締役はもともと、業務執行取締役のみならず、会社に常勤するその他の取締役と比較しても、保有している情報量が圧倒的に少ないことは否定できない。他の取締役と比較して会社に在籍している期間が圧倒的に短く、会社の業務全般に関しても、十分に理解しているとは到底言いがたい。更に社外取締役は、議案に関連する背景事情についても事前の知識がないのがむしろ通常であることは勿論のこと、議案そのものについても、社内で議論ないし情報提供を受ける機会が豊富にある取締役と異なり、当該議案に関して得られる情報は、取締役会において配布される資料の範囲および当該資料に基づいて、取締役会において説明を受ける情報に限定されてしまうのが通常である。

 上記のように、元々社外取締役の保有する情報量は、その他の取締役に比して圧倒的に限定されていることに加え、社外取締役が出社するのは、取締役会が開催される日のみ、しかも取締役会の直前であるのが通例だと思われる。そのような状況では、仮に取締役会直前に、事前説明を受ける機会が提供されたとしても、問題点を十分に把握することが難しい場合もあろう。特に取締役として慎重な判断が要求される案件は、その背景事情から十分な情報提供を受け、判断の時間を十分に取ることが必要となるものが多いのも事実であるが、そのような複雑な案件であればあるほど、社外取締役に与えられる情報の少なさに起因する問題点が顕在化するといっても過言ではない。

 ではどうすれば良いのか。この点については次回以降検討したい。

 

タイトルとURLをコピーしました