◇SH1649◇実学・企業法務(第115回) 齋藤憲道(2018/02/19)

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実学・企業法務(第115回)

第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

Ⅴ 全社的な取り組みが必要な「特定目的のテーマ」
Ⅴ-2. 情報セキュリティ管理

1. 営業秘密保護の経緯

(3) 刑事罰の導入及び「営業秘密管理指針」の制定(2003年)

 1990年の民事的保護の導入から10年が経過して経済・社会環境が大きく変わった。(1)円高や不況による生産拠点の海外シフトや事業再編に伴って技術情報が海外に流出し、国内の職場が失われるに至って労働者団体が刑事罰導入に同意し、(2)「営業秘密」に関する理解が進んで労働者の転職・退職の自由を束縛する懸念が薄らぎ、(3)公益通報者保護制度の導入により、消費者問題・公害問題等に関する報道機関の取材・報道の自由や、労働者の内部告発が不当に規制される懸念が薄らいだのである。

 また、2001年から2002年に米国の財団や大学から日本人研究者が技術情報等を持ち出したとして米国で逮捕される事件が相次ぎ、2002年には日本企業の技術情報が海外に流出した案件を受けて経済産業省から「金型図面や金型加工データの意図せざる流出の防止に関する指針」が発出される等、情報の価値とその保護強化の必要性の認識が社会的に高まった。

 この状況を踏まえて、2002年7月に政府の知的財産戦略会議[1]が決定した知的財産戦略大綱において、民事上の救済措置強化と刑事罰導入が求められた。

  1. ① 刑事罰の導入(2003年)
    2003年の不競法改正で、労働者の転職・退職の自由、報道機関の取材・報道の自由、内部告発の抑制回避に配慮しつつ、「不正の競争の目的」で行う行為(不競法14条1項)のうち特に違法性が高いとされた(1)窃盗型の(3号)不正取得後使用・開示、(4号)記録媒体等不正取得・複製、及び、(2)背任型の(5号)一旦正当取得後に行う記録媒体等不法領得後使用・開示、(6号)正当取得後不正使用・開示、の4類型に刑事罰が導入された。なお、転得者は、共同正犯・教唆・幇助の問題として取り扱われる。
    ただし、刑事裁判は公開される[2]ので、被害者の営業秘密が法廷で開示されて財産的価値が失われることを考慮し、公訴の提起の是非の判断を被害者に委ねる親告罪とされた。刑罰は、他の知的財産侵害犯との均衡を勘案し、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金とされた。
  2. ② 指針の制定・改定
    経済産業省は、「知的財産戦略大綱」で企業の「参考となるべき指針を2002年度中に作成する」とされたのを受けて、2003年に指針を策定した。この後、指針は、不競法改正に連動して改定される。

(4) 法的保護の強化(1990年から2015年まで)

 営業秘密の法的保護は、1990年以降、不競法で保護されない事件が発生するたびにその部分を繕う形で小規模な法改正が繰り返されて、充実してきた。法改正のきっかけになった事件の多くは、米国・ドイツ・フランス・韓国等の外国法では保護されるものであった。

 次に、保護範囲を定める各要素の変遷を示す。

 2015年の改正により、不正取得した技術情報を用いて製造した製品の輸入等を禁止し、日本企業が保有する情報をクラウドで海外のサーバーから不正取得する行為を処罰する等、保護範囲が拡大されて、ようやく実際のビジネスに役立つものになってきたことが分かる。

  1. ① 営業秘密を定義
    (1990年)営業秘密の3要件を定義した。この定義は現在まで継続している。
  2. ② 処罰の対象とする行為・主体者の範囲を拡大
    (2003年)窃盗型及び背任型の4類型(前記)を定義して処罰することとした。対象は2次取得者までである。(2005年)日本国外に持ち出して使用・開示する行為、在職中の約束に基づいて元役員・元従業員が使用・開示する行為を処罰対象に追加した。不正行為者が属する法人も処罰する(両罰規定)。(2009年)詐欺等行為又は管理侵害行為により不正取得する行為一般を処罰する。営業秘密を保有者から示された者が管理任務に背いて横領・複製作成・消去義務違反かつ仮装の方法で領得する行為・領得後の使用又は開示、を追加処罰する。(2015年)不正開示と知って転得した3次以降の取得者が使用・開示する行為を追加して処罰する。他人の営業秘密を不正使用して生産した物と知って譲渡・輸出入等する行為を追加処罰する。
  3. ③ 営業秘密侵害罪の目的要件を変更して、対象を拡大
    (2003年)不正の競争の目的。(2009年)図利加害目的に変更する。
  4. ④ 地理的適用範囲を拡大
    (2003年)罰則の適用は国内に限る。国内に実行行為の一部や共謀があれば処罰する。(2005年)営業秘密を日本国外に持ち出して使用・開示する行為を処罰対象に追加する。(2015年)国内で事業を行う保有者の営業秘密を国外で不正取得する行為を処罰対象に追加する。
  5. ⑤ 侵害品の譲渡・輸出入等を規制
    (2015年)他人の営業秘密の不正使用により生産した製品の譲渡・輸出入等を禁止して、民事上の損害賠償請求・差止請求(税関を含む)の対象とする。この行為を刑事罰の対象に追加する。
  6. ⑥ 既遂処罰に未遂処罰を追加
    (2003年)既遂を処罰する。(2015年)未遂処罰を追加する〔正当に示された者が不正に横領・複製等する行為を除く〕。
  7. ⑦ 民事訴訟における原告(被害者)の負担を軽減
    (1990年)営業秘密に係る不正行為の6類型(前記)について民事の差止請求権・損害賠償責任・信用回復措置を規定する。(1993年)損害額の推定規定を創設し、損害額計算のための書類提出命令を規定する。(2003年)侵害行為の立証の容易化(書類提出命令の拡充等)及び、損害額の立証の容易化規定(逸失利益の立証容易化、計算鑑定人制度、裁判所による損害額の認定等)を導入し、被告が不正競争行為の存在を否認する場合の具体的態様の明示義務[3]を規定する。(2011年)民事訴訟法改正により不正行為地(行為地、結果発生地)で提訴でき、原則として加害行為の結果発生地法が適用される旨が規定された。(2015年)一定の場合に、生産技術等の不正使用の事実について民事訴訟上の立証責任を転換し、侵害者(被告)が「違法に取得した技術の不使用」を立証する責任を負う。
  8. ⑧ 公訴時効を伸長
    (2003年)親告罪とする〔告訴期間は犯人を知った日から6ヵ月〕。3年以下の懲役で時効は3年。(2005年)5年以下の懲役で時効は5年。(2006年)10年以下の懲役で時効は7年。(2015年)非親告罪とする。
  9. ⑨ 除斥期間を伸長
    (1990年)営業秘密に係る不正行為について3年の消滅時効・10年の除斥期間を規定する。(2015年)除斥期間を20年に伸長する。
  10. ⑩ 裁判の過程における営業秘密の保護を強化
    (2003年)親告罪とする。(2004年)民事訴訟において秘密保持命令を導入(違反者は懲役3年以下、又は罰金300万円以下、法人は1億円以下。両罰規定)、インカメラ手続きを整備、訴訟の公開停止の要件・手続きの規定を行う。(2005年)民事訴訟における秘密保持命令違反罪の刑罰を懲役5年以下・罰金500万円以下に引上げ、法人は1億5,000万円以下に引き上げる。(両罰規定)(2006年)秘密保持命令違反罪の法人の罰金を3億円以下に引上げる。(2011年)刑事訴訟手続きにおける保護(秘匿決定、呼称等決定、公判期日外の証人尋問等)を導入、違反行為については営業秘密侵害罪が成立する。
  11. ⑪ 重罰化
    (2003年)刑事罰を導入し、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金とする。(2005年)懲役5年以下又は500万円以下の罰金とし、懲役と罰金の併科を可能とする。法人に1億5,000万円以下の罰金を導入(両罰規定)。(2006年)個人は10年以下の懲役又は1,000万円以下の罰金、法人は3億円以下の罰金。(2015年)罰金を個人2,000万円以下・法人5億円以下に引上げ、海外重罰(個人3,000万円以下、法人10億円以下)を導入、併せて、任意的没収規定(営業秘密侵害罪により生じた犯罪収益を裁判所の判断により没収)を導入する。
  1. (注) 海外重罰の対象となる3類型は次の通り。
    (1)日本国外で使用する目的で不正取得・領得する行為。(2)日本国外で使用する目的を持つ相手方に、それを知って不正開示する行為。(3)日本国外で不正使用する行為。


[1] 2002年3月に第1回会合。

[2] 日本国憲法37条1項

[3] いわゆる、積極否認。

 

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