◇SH1674◇社外取締役になる前に読む話(11)――判断に必要な情報量と検討時間の不足をどう乗り越えるか⑶ 渡邊 肇(2018/02/28)

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社外取締役になる前に読む話(11)

ーその職務と責任ー

潮見坂綜合法律事務所

弁護士 渡 邊   肇

 

XI 社外取締役の情報量と検討時間不足をどう解消するか(3)

 前回、取締役会前に議案を説明する機会を設定することができない性質の議案の一例として、インサイダー取引規制が絡むM&A案件があることをご紹介した。今回は、その点について若干解説することとしたい。

 ワタナベさんの疑問は以下のようなものであった。

ワタナベさんの疑問その6

 取締役会において、M&A案件が審理されることになった。非上場会社であるターゲット会社の株式を49%購入するというのがその内容である。議案の内容は、取締役会当日に配付された資料に簡潔にまとめられているが、いかんせん、配付された資料だけでは、案件の全容が全く分からない。

 どうしたらよいのだろうか。

 

解説

 インサイダー取引規制を一言でいうと「上場会社の会社関係者が、会社の業務等に関する重要事実を、その者の職務等を通じて知っていながら、当該重要事実が公表される前に、当該上場会社等の株券等の売買等を行うこと」であり、インサイダー取引に関与したものは処罰の対象となる。

 他社の株式の取得は、会社での決定を経て「重要事実」となり、規制の対象となるのだが、判例上、この「会社の決定」は、取締役会等の機関決定には限定されず、実質的に会社の意思決定と同視されるような事象が発生すれば良いとされている。すなわち、取締役会の決議がなくとも、実質的に会社の意思決定がなされたと判断されるような会議、協議あるいは話し合い等がなされれば、それ以降、本設問で言えば、ターゲット会社の株式の売買を行った場合には、インサイダー取引規制に触れることになる。会社が企図するM&Aを承認する取締役会決議前に、当該事実が「重要事実」となったと判断される可能性が発生してしまうのである。

 このような事態の発生を避けるため、このようなM&A案件については、取締役会決議までは一部の関係者の間のみで交渉が極秘に進められ、承認取締役会において全取締役にそれ迄の経緯が報告され、取締役会決議と同時に公表、という手順が採られることもしばしば行われる。このような場合には、ワタナベさんも、他の大多数の取締役同様、取締役会の直前に情報開示を受けることはできないことになる。

 本来であれば、このような案件であっても、対象候補会社が決まった段階でまず取締役会に報告があり、交渉のマイルストーンごとに進捗状況が適宜報告されることが望ましいのは言うまでもない。それにより、社外取締役のみならず、取締役全員に検討の機会が十分に与えられ、それが結果的に合理的判断につながる可能性が増すからである。社外取締役としても、そのような対応を会社に要請すべきであると思われる。

 しかしながら、仮にそのような適宜の情報提供がなされず、一部の取締役の関与のみで交渉が進められ、取引の最終段階、すなわち契約締結の直前になって始めて契約承認決議が議案として上げられたような場合、社外取締役としてはどのように対応すべきであろうか。

 このような状況下では、事前の検討時間が与えられていないという事態は社外取締役のみならず、総ての取締役に共通であると思われるが、社外取締役に求められている役割が、会社の利害関係から中立の、独立した客観的立場で意見を述べることである以上、事前の検討時間が与えられず、承認のための十分な情報が与えられなかったのであれば、取締役会において十分な情報に基づく説明を求めるべきであるし、当日の取締役会における説明ではなお不十分であると思うのであれば、取締役会の延会等を求めてでも、十分な情報収集に努めるべきである。そこに躊躇があってはならない。

 自らの職務を全うするにつき、十分な情報が与えられておらず、それにより合理的な判断に支障を来すと判断されるのであれば、まずはスケジュールの許す限り、ギリギリまで情報収集に努めるべきであろうし、仮に交渉締結スケジュールに支障が生じることになったとしても、合理的な判断が下せるだけの情報が提供されるまでは、判断を留保することもまた、社外取締役としての職務を全うすることだと思われる。

 また、社外取締役が意見を述べた結果、取締役会で承認議案が否決され、これまでの業務執行取締役およびその担当セクションの社員の交渉努力が水泡に帰す結果が招来されるとしても、社外取締役としては、自らの知見に基づき、臆することなく意見を述べるべきである。その意見が、十分に資料等を検討した結果のものであれば、長期的に観れば、むしろ会社の利益に資するものとなる蓋然性も高いであろう。逆に言えば、社外取締役には、それだけの事前準備を行うことが要求されているともいえるのではないだろうか。

 

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