日本取引所自主規制法人、「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」(案)の策定
岩田合同法律事務所
弁護士 鈴 木 正 人
日本取引所自主規制法人は、2018年2月21日、「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」(案)(以下「本指針案」という。)を公表した。近年、会計不祥事、品質・データ偽装など上場会社における多くの不祥事が表面化しており、不祥事がまれな事象ではなくなっている。同法人は、不祥事の事後対応のために2016年12月に「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」を策定しているが、本指針案は不祥事の発生そのものを予防することを目的とするものである。本指針案は、3月14日までパブリック・コメント手続に付され、その結果を踏まえて、3月下旬に正式決定される予定とされている。
本指針案は6つの原則から構成され、さらに同原則の解説が行われている。解説の中には、不祥事の原因の具体例など「不祥事につながった問題事例」が紹介されている。本指針案における各原則は、各上場会社において自社の実態に即して創意工夫を凝らし、より効果的な取組みを進めるための、プリンシプル・ベースの指針であると位置づけられている。本指針案の性質については、仮に本指針案の充足度が低い場合であっても、上場規則等の根拠なしに当法人が上場会社に対する不利益処分等を行うものではないとされている。同法人は、上場会社に関しては、有価証券報告書虚偽記載や不適正開示、企業行動規範の違反など、資本市場の基本インフラを直接脅かす事案において、上場規則に基づき、問題を起こした上場会社への不利益処分を判断する権限を有しており、上場管理業務を行っていく中で蓄積した知見を本指針案の形で広く共有したものと評価できよう。
6つの原則の項目の概要は下図のとおりである。
例えば、①原則1では、自社のコンプライアンスの状況の正確な把握、コンプライアンスは、明文の法令・ルールの遵守だけに限定されるものではなく倫理観などを含む広い概念である旨、持続的・自律的なレポーティング・ラインの機能などが、②原則2では、コンプライアンスに対する経営陣のコミットメントの明確化、監査機関(監査役・監査役会、内部監査部門等)と監督機関(取締役会等)の実効的な機能発揮などが盛り込まれている。
また、③原則3では、現場と経営陣との双方向のコミュニケーションの充実や中間管理層が経営陣のメッセージを正確に理解・共有して現場に伝え根付かせることなど社内組織を意識した事項などが、④原則4では、どのような会社であっても不正の芽は常に存在しているという前提に立った上でのコンプライアンス違反や不祥事の発生の未然防止、改善サイクルの実践などが盛り込まれている。
さらに、⑤原則5では、グループ全体に行きわたる実効的な経営管理を行うことの重要性が示されるとともに、特に海外子会社や買収子会社の経営管理に当たって、海外子会社・海外拠点に関し、地理的距離による監査頻度の低下、言語・文化・会計基準・法制度等の違いなどの要因による経営管理の希薄化に留意することや、M&Aに当たっては、必要かつ十分な情報収集のうえ、事前に必要な管理体制を十分に検討しておくべきこと、買収後は有効な管理体制の速やかな構築と運用が重要であることなどが言及されている。海外子会社を含むグループ会社にて不祥事が発生するケースもあり、グループ会社管理の観点からの指摘がある。
最後に、⑥原則6は、業務委託先や仕入先・販売先などで問題が発生した場合においても、サプライチェーンにおける当事者としての役割を意識し、それに見合った責務を果たすよう努めることなどサプライチェーンを展望した責任感を有することを述べている。
原則1 |
実を伴った実態把握(1-1から1-4まであり) |
原則2 |
使命感に裏付けられた職責の全う(2-1から2-2まであり) |
原則3 |
双方向のコミュニケーション(3-1から3-3まであり) |
原則4 |
不正の芽の察知と機敏な対処(4-1から4-3まであり) |
原則5 |
グループ全体を貫く経営管理(5-1から5-2まであり) |
原則6 |
サプライチェーンを展望した責任感(6-1から6-2まであり) |
(注) 本稿は筆者の個人的見解であり、筆者が所属し又は所属した団体・組織の見解ではない。