コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(56)
―掛け声だけのコンプライアンスを克服する⑦―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、経営者の掛け声だけのコンプライアンスを克服する方法として、8. 業界団体の役割について述べた。
業界団体は、組織間の取り決めや経営トップ間のコミュニケーション、勉強会等を通じて、掛け声だけの経営トップにコンプライアンス経営の実施を促すことができる。
また、業界団体内には、組織間で互いに共有する価値観である組織間文化[1]がある。業界団体内にコンプライアンス重視の価値観を浸透・定着させるためには、単独の組織における組織文化革新の方法を応用して、組織間文化をコンプライアンス重視に革新することが考えられる。
今回は、顧問弁護士の役割について考察する。
【掛け声だけのコンプライアンスを克服する⑦】
9. 顧問弁護士
顧問弁護士は、法律面で経営者に助言をする専門家として情報・専門性のパワーを持つ。
顧問弁護士が、専門家として予防法務の視点から、経営者に実効性のあるコンプライアンス経営を実施するように助言することで、経営者の関心をコンプライアンス経営に向かわせることも可能である。
しかし、顧問弁護士が顧問先のコンプライアンス経営の仕組みや経営者のマインドまで踏み込んで指導・助言することができるのは、顧問先組織の経営トップにそのニーズがある場合であり、その気がない顧客である経営トップに対して助言するためには、きっかけが必要である。
きっかけとして考えられるのは、法改正、他の組織の不祥事の発生等をきっかけとして業界団体や行政が経営者にコンプライアンス経営を促す場合、不祥事等に関する内部告発が発生した場合等である。
なお、自組織に大きな不祥事が発生した後では手遅れになることから、法務部門やコンプラインス部門は、小さな不祥事の発生を敏感にとらえ、公式・非公式に顧問弁護士と経営トップとのコミュニケーションの場を設定することも考えられる。
また、コンプライアンス活動に対する経営トップの理解不足や取り巻きの妨害により、組織全体にコンプライアンスに対する理解が浸透していない場合には、コンプライアンス部門が単独で実施する研修に対しては反発を招きやすい状況になっていることも想定される。
その場合には、本社で集合研修をするだけではなく、顧問弁護士の協力を得て、現場に出向いてコンプライアンス研修を積極的に実施する方法が有効である。
なぜならば、担当者を本社に呼んでの集合研修では、集まったメンバーだけが受講するので、それ以外の現場のメンバーへはコンプライアンスの重要性が十分に伝わらない懸念があるからである。
すなわち、コンプライアンス部門と法の専門家が共同で、直接現場に行き、コンプライアンスの重要性を具体的な事例を交えてわかりやすく説くことにより、コンプライアンスに対する現場の理解が深まるからである。
筆者は、顧問弁護士とともに全国の現場を巡りコンプライアンス研修を行ったことがあるが、現場の日常疑問に思っている法的問題に対して、顧問弁護士がその場で質問者が納得するまで回答することにより、研修に対する満足度が高まった(研修後のアンケートで良い結果を得た)経験がある。
筆者の実践経験では、研修を実施する場合、コンプライアンス部門は単なる付添ではなく、コンプライアンス部門が自ら実施する研修と顧問弁護士が担当する研修を、内容と効果を踏まえてセットで実施することが有効であった。
コンプライアンス部門と法の専門家が説く内容のベクトルが一致していることを現場が実感することで、コンプライアンス部門の活動に対する現場の理解が得られた。
また、法の専門家である顧問弁護士が、法的視点から実例をあげて専門的で重要なテーマを理解しやすく話すことで、内容に対する現場の理解が深まるとともに、顧問弁護士との質疑応答を通して日頃から疑問を抱いていた問題が解決され、参加者の満足感が高まった。
このように、現場にコンプライアンスの理解者が増えることにより、コンプライアンスを軽視する経営トップやその取り巻きに対するカウンターパワーを働かせて、コンプライアンスを重視する経営に意識を向けさせることが考えられる。
以上の他に、従前より経営トップと顧問弁護士の関係がきわめて親しい関係にある場合には、顧問弁護士は経営トップに実効性があるコンプライアンス経営の推進を率直に助言しやすい関係にあるので、顧問弁護士は倫理に基づき積極的に助言するべきである。
[1] 組織と組織の間にも、組織内と同様に組織間の価値や行動様式を決める組織間文化が形成される。組織文化が個人と組織の関係を媒介する概念であれば、組織間文化は、組織間を媒介する概念である。
山倉によれば、「組織間文化は、『組織間システム』において、メンバーである組織によって共有されている価値・行動様式」であり、組織間システムにおいて強調される何が正しく望まれるのかを決める「価値」である。(山倉健嗣『組織間関係』(有斐閣、1993年)146頁~147頁)