◇SH3296◇中国:TikTok買収阻止と中国輸出禁止・制限技術目録の改正 鹿 はせる(2020/09/07)

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中国:TikTok買収阻止と中国輸出禁止・制限技術目録の改正

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿   はせる

 

 今年8月28日に、中国商務部及び科学技術部は、共同で「中国輸出禁止及び輸出制限技術目録」(以下「輸出禁止・制限技術目録」という。)の改正を公表した。その中でTikTokの業務に関連する技術が「制限類」に新たに追加されたことから、今回の改正は米国のトランプ政権が主導する、TikTokの海外事業の米国企業による買収を阻止するために行われたものではないかとの推測含め、各国で盛んに報道されている。その後の中国政府及びTikTok事業を運営するByteDance社の反応[1]を見ても、そのような側面は否定できないように思われる。そこで、本稿では、輸出禁止・制限技術目録の改正の法的構成及びTikTok買収阻止における意義について、以下簡単に解説する。

 

1.  法的構成

 輸出禁止・制限技術目録は中国技術輸出入管理条例(以下「技術輸出入管理条例」という。)に基づき作成・改正される。技術輸出入管理条例は中国国内から国外、又は国外から国内への、「貿易、投資又は経済技術協力の方法で技術を移転する行為」を規制するものとされ、技術移転行為は「特許権の譲渡、特許申請権の譲渡・・・その他の方法により技術を移転する行為」と定義されていることから(2条)、同法では、技術の種類及び移転方法を問わず、広く中国と中国国外との間の技術移転が規制対象となりうる。

 

 同管理条例において、各種の技術が、その輸入及び輸出の両方に関して「禁止類」、「制限類」及び「自由類」に分類され、禁止・制限技術については当局(国務院の対外貿易主管部門(商務部)が関連部門)との調整のうえ、目録を公表し随時改正できるとされている(輸入につき8条、輸出につき29条。当該目録に記載されていない技術が自由類にあたる。)。目録において、禁止類に分類された技術は輸出入が禁止される。制限類に分類された技術は輸出入に際して当局に事前申請を行い、許可を得る必要がある。それ以外の自由類に該当する技術は原則自由に輸出入を行うことができるが、全く規制がないわけではなく、技術の輸出入に関する契約(例えばライセンス契約)を登記する必要がある[2]。今回は、輸出禁止・制限技術目録が2008年以来はじめて改正されることとなった。

 

2.  今般の目録改正(TikTok関連を中心として)

 今回行われた輸出禁止・制限技術目録の改正点は計53項目にわたる。輸出禁止類からは4項目の技術が削除され、追加はない。輸出制限類からは5項目の技術が削除され、23項目の技術が追加された。その他、既に禁止・制限類とされている技術に関して規制対象技術の内容が21項目にわたり変更・追加されている。

 

 今回、TikTokの業務に関連する技術が「制限類」に新たに追加されたと一般には言われているが、より正確にいえば、上記のうち最後の規制対象技術の内容変更・追加を通じて行われている。具体的には、制限類技術である「コンピュータサービス業」の「情報処理技術」に「18.人工知能インターフェイス技術」及び「21.データ分析に基づく個性化情報送信サービス技術」が追加された。わかりやすく言えば、18.は音声等を通じて人間の指示をコンピューターに伝達する技術、21.はユーザーの利用対象・時間等の情報を分析して、当該ユーザー向けに最適化された情報(例えばおすすめの動画及び広告)を送信する技術を意味する。とりわけ後者の個性化情報送信サービス技術は、世界各地の膨大なTikTokユーザーの利用情報の蓄積を通じて形成され、TikTokの業務及び収益の核心であるとされている。当該技術の移転を伴わなければTikTokの事業価値は大幅に下がり、事実上米国企業による買収が困難になると考えられる。公表のタイミングも相まって、輸出禁止・制限目録の改正がTikTokの買収防止のための措置であると報道されているのはこのためである。

 

 なお、上記の通り今回の改正点は計53項目にわたり、当然TikTok関連技術に関するもの以外の改正も行われている。とりわけ禁止・制限類から削除された技術については、中国が自国技術の成熟に伴い、今後対外的に輸出する商品になりうることを想定して削除したものとの分析もなされている(例として、「ソフトウェア業」のうちの「情報安全ファイアウォール技術」は制限類から削除され、輸出可能な自由類技術となった。)。

 

3.  TikTok事業買収に対する今後の影響

 輸出禁止・制限目録が改正された後でも、制限対象技術の輸出を伴わないTikTok事業の譲渡[3]であれば依然可能である。しかし、上記2.の通りそれは現実的ではないと考えられており、取引スキームに拘わらず、新たに制限類に追加されたTikTok関連技術を中国のByteDance社から輸出させることがどうしても必要になってくるのではないかと考えられている(上記のとおり、規制対象の「輸出」には広範な行為が含まれうるのであり、例えば、当該技術に関するソフトウェアまたはソースコードの中国から国外への譲渡、ライセンス、又は中国国内からの技術サービスの提供は全て技術輸出入管理条例の「輸出」にあたる。)。そして、今回行われた目録の改正により、当該輸出に際しては、当局に対する事前申請及び許可が必要となる。

 

 技術輸出入管理条例によれば、当局は事業者から技術輸出の申請を受理して、30営業日以内に審査を行い、許可又は不許可の決定を行う(33条)。許可の場合、当局から申請した事業者に「技術輸出許可意向書」が発行される。事業者は、同許可意向書の発行を受けてはじめて輸出の相手方と「実質的な交渉及び技術輸出契約の締結」を行うことができる(34条)。したがって、当局から「技術輸出許可意向書」の発行を受けるまでは、ByteDance社は技術輸出契約を締結できないのみならず、契約交渉も停止する必要がある。

 

 また、制限類技術の場合、当局から「技術輸出許可意向書」の発行を受け、当事者間で技術輸出契約が締結されたとしても直ちに契約の効力は発生しない。技術輸出を行おうとする事業者は相手方と技術輸出契約を締結してから更に「技術輸出許可証」を申請する必要があり、当局は申請を受理後、同技術輸出契約の真実性について審査し、15営業日以内に技術輸出の許可又は不許可の決定を行い、許可の場合に同許可証が発行される。この「技術輸出許可証」が、技術輸出契約の効力発生要件であると規定されている(35条)。したがって、当局から技術輸出許可証を受領するまでは、ByteDance社による技術輸出契約は効力を発生せず、同技術の事業における重要性から、TikTokの事業譲渡もクロージングできないのではないかと思われる。

 

 ByteDance社が技術輸出の申請を提出するタイミングにもよるが、11月3日に行われる予定の米国大統領選挙を念頭に、その前に当局から「技術輸出許可意向書」の発行を受けたいのであれば、(30営業日の審査期間を考慮して)9月17日までに申請を提出する必要がある。「技術輸出許可証」については、発行を受けられるとしてもタイミングが更に遅れるため、一部では、中国当局は米国大統領選挙の結果を睨みつつ許可するかどうかを決めるのではないかとも言われている。

 

 なお、仮に事業者が技術輸出入管理条例に違反して、制限類の技術を事前許可なしに輸出した場合は、同条例に基づき処罰を受ける。同管理条例の処罰規定によれば、その場合は刑事罰(密輸罪、違法経営罪、国家機密漏洩罪等)の追及を受けるほか、当局は行政処分として対外貿易に関する許認可の取消し及び「違法所得の5倍以下の罰金」を課すことができると規定されている(44条)。事業譲渡が行われた場合、同管理条例に違反して行われた譲渡の対価自体が違法所得にあたるとも解釈できることから、ByteDance社にとって、買収対価が500億ドルとも報道されているTikTok事業譲渡が同管理条例に違反するとされることのリスクは、甚大と考えられる。

以上

 


[1] 中国新華社は、目録の改正が公表された後に、ByteDance社はTikTokの事業譲渡を進めるにあたって技術輸出許可申請を行う必要があり、許可を得るまでは事業譲渡に関する契約交渉を中止すべきだという専門家意見を引用して報道している。また、ByteDance社も、改正後の目録を含め中国の法令を遵守すると公表している。

[2] 同登記は契約の効力発生要件ではないと規定されているが、ライセンスフィーを国外送金する際に銀行で事実上登記証の提出が求められることもあり、実務上は登記することが望ましい。

[3] 米国企業によるTikTok事業の買収がどのスキームで進められているかは明らかになっていないが、例えば買収者がByteDance社の海外子会社の株式を譲り受け、かつ(中国のByteDance社から何ら制限対象技術を譲り受けることなく、制限対象技術に関するライセンス契約もサービス提供契約も締結しない等)中国から制限類の技術の輸出を伴わない方式であれば、技術輸出入管理条例に抵触しない形態での取引も不可能ではないと思われるものの、少なくとも中国国内の報道を見る限り、そういった取引は現実的ではないとされている。

 

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