◇SH1724◇実学・企業法務(第125回)法務目線の業界探訪〔Ⅰ〕食品 齋藤憲道(2018/03/26)

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実学・企業法務(第125回)

法務目線の業界探訪〔Ⅰ〕食品

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

〔Ⅰ〕食品

4. 事故・事件の例

 食品業界では、虚偽表示・誇大広告、食中毒、異物混入(作業ミスによるもの、意図的なもの)等がしばしば発生し、マスコミに大きく(ときに過大気味に)報道される。

 企業には、異常を早期に察知して、適切なチーム(又は組織)を編成し、迅速に原因を解明して対策(暫定措置、恒久措置)を講じ、正しい情報を適時に社会に提供することが求められる。

 

例1 雪印「集団食中毒事件」[1]

 〔参考にしたい教訓〕

  1. ・「消費者目線」を経営に組み入れることが重要。
  2. ・ 重大事案の対応は、経営トップの率先垂範が不可欠である。
  3. ・ ブランドイメージが傷つくと、同一ブランドを使うグループ全体の信用を失う。
  4. ・ 原因究明に時間がかかると、傷が大きくなる。迅速に解明する仕組みを構築する。
     食品の安全問題は、直ちに大きな社会問題になるので、迅速に対応する訓練を日頃から行うことが重要。 
  5. ・ 作業マニュアルは守るだけでは不十分。常に社会の基準に合う最新版を実践しなければならない。
  6. ・ 内部告発があることを前提に、法令遵守しつつ、日常業務を行う。
〔経 緯〕
2000年 6月27日 雪印乳業㈱(以下、「Y」という。)の大阪工場製造の低脂肪乳による食中毒症状を大阪市が確認した。
  6月28日 大阪市(保健所)が大阪工場に立入検査し、製造自粛・回収・公表を指導した。
  6月29日 Yは29日朝から回収を始めた。
  7月1日 厚生省大阪市が「総合衛生管理製造過程の承認施設」である大阪工場に立入検査。
  7月2日 大阪府警が大阪工場の現場検証を開始。
大阪府立公衆衛生研究所が黄色ブドウ球菌を検出し、大阪市が大阪工場を営業禁止。
  当初、原因は、大阪工場が製造ラインの洗浄を怠ったために黄色ブドウ球菌が繁殖して毒素が異常発生し、それが商品に入ったものと考えられていた。
  7月4日 大阪市が大阪工場の他の2商品にも回収命令を発出した。
  7月11日 Yが全国21工場の市乳生産の停止を発表した。
  7月25日 厚生省が京都・神戸等10工場の操業再開を認める。
  7月28日 Yの社長が引責辞任、他の役員7名が退任。
  8月2日 厚生大臣が直営20工場の安全を宣言した。
  8月18日 大阪府警大阪市に「4月10日の大樹工場製の脱脂粉乳から毒素検出」を通知。
この通知を受け、大阪市が発表。
(注) 大阪工場製の低脂肪乳の原料(脱脂粉乳)は、大樹工場から仕入れていた。
  8月19日 北海道大阪市の調査依頼と厚生省の指示を受けて、大樹工場の調査を開始した。
  8月23日 北海道が「脱脂粉乳の製造に影響した停電、生菌数の社内基準を逸脱した脱脂粉乳の使用、4月1日及び10日製造の脱脂粉乳から黄色ブドウ球菌(同型)を検出」等の調査結果を公表し、Yに対して①大樹工場における乳製品製造の営業禁止、及び、②4月1日と10日に製造した脱脂粉乳の回収、を命じた。
(注) 3月31日に大樹工場の屋根にできたツララが落下して電気室の屋根を破り、3時間の停電が発生した。この影響で工程によって4~9時間、原材料が冷却されずにパイプやタンクに滞留し、この間に黄色ブドウ球菌が増殖した。

 Yの商品は、事故発生直後から消費者に敬遠され、小売店の取扱い停止が相次いだ。

  9月26日 Yが再建計画を発表(約1,300人削減、大阪工場閉鎖、ネスレジャパンと業務提携等)

 Yは経営努力により業績回復に向かった。

  12月20日 厚生省大阪市の合同専門家会議が「食中毒の原因を大樹工場が製造した脱脂粉乳」と断定した。
  12月22日 Yが「最終報告」を発表し、3月の大樹工場の停電時に、温度管理が不適切だったことが原因であるとした。食中毒患者は13,420人に上る。
2002年 1月23日 Yの子会社である雪印食品㈱(以下、「子会社」という。)が、輸入牛肉を国産と偽装したこと等が、内部告発で発覚した。子会社の売上は急減した。
  2月2日 兵庫県警・埼玉県警・北海道警・警視庁の合同捜査本部が、詐欺容疑で、子会社の本社等10数か所を家宅捜索。
  2月22日 子会社が「4月末をめどに解散する」旨を正式発表。このとき社員は約950人。
  4月30日 子会社が解散(発覚から3か月後)

 親会社と子会社の重なる不祥事で、Yブランドの信用は失墜し、Yグループの売上・利益は大幅に減少した。

 その後、Yは、①社外取締役の選任、②企業倫理委員会の設置、③社員の変革運動と社内意識改革、④お客様モニター制度の導入等を行って企業体質変革を徹底するとともに、大規模な事業再編・工場売却・人員削減等を行って、経営再建・信用回復を進めた。

 2003年1月 Y・全国農協直販・ジャパンミルクネットの市乳事業を統合した「日本ミルクコミュニティ」が創業した。「日本ミルクコミュニティ」は、2009年に持株会社「雪印メグミルク」の傘下の会社となり、2011年に「雪印メグミルク」に吸収合併されて現在に至る。

 

〔検討したい事項〕

〔例1〕Yの「集団食中毒事件(2000年)」から〔例2〕アクリフーズ「農薬混入事件(2013年)」までの間に、消費者庁・消費者委員会が設置される等、消費者政策が強化され、関係部署と手続き・事故情報の流れが変わった。

2003年 「食品安全基本法」が制定され、内閣府に「食品安全委員会」を設置
2008年 「中国・冷凍餃子中毒事件」が発生  千葉県(千葉市、市川市)、兵庫県高砂市で続発
〔餃子事件を機に、全国の事故情報を一元的に集約・調査分析し、迅速な対応を求める動きが増大〕
2009年 「消費者庁」「消費者委員会」を設置
「消費者安全法」が制定され、全国の重大事故情報を「消費者庁」に集約

 これらの制度・体制の変更は、当初の目的を果たしていると言えるだろうか。

 これを考えるため、変更前の「中国・冷凍餃子事件」と、変更後の「アクリフーズ・農薬混入事件」について、次の類似点と相違点に注目したい。

 〔類似点〕

  1. ・ 勤務先に不満を抱く契約(臨時)社員が、工場で勤務中に冷凍食品に意図的に異物を混入した。
  2. ・ 年末に消費者被害が確認され、年始にかけて社会的な騒ぎになり、1月末に原因が明らかになった。

 〔相違点〕

  1. ・ 中国の冷凍餃子工場で冷凍食品に殺虫剤を混入した中国の犯人(日本の被害者は入院等)
     河北省石家荘市中級人民法院[2] 危険物質混入罪 無期懲役
  2. ・ アクリフーズで冷凍食品に農薬を混入した犯人(被害者は体調不良)
     前橋地方裁判所[3] 偽計業務妨害罪(刑法233条後段) 懲役3年6か月
  3. ・ アクリフーズは再発防止策を講じて公表、冷凍餃子工場(天洋食品)は取り壊されて他に転用

 下記のアクリフーズ「農薬混入事件」は、平時の実践、有事の対応、事後対策のあり方について、多くの教訓を与えてくれる。



[1] 雪印メグミルクグループ「CSR活動報告書2016」、厚生労働省「雪印乳業中毒事件の原因究明調査結果について(最終報告)平成12年12月 雪印食中毒事件に係る厚生省・大阪市原因究明合同専門家会議」、「特定領域研究「制度の実証分析」ディスカッションペーパーNo.30 事業再生に関するケーススタディ:雪印乳業 柳川範之・大木良子2004年4月」等により筆者が作成。

[2] 2014年1月20日

[3] 2014年(平成26年)8月8日

 

(注) 3月31日に大樹工場の屋根にできたツララが落下して電気室の屋根を破り、3時間の停電が発生した。この影響で工程によって4~9時間、原材料が冷却されずにパイプやタンクに滞留し、この間に黄色ブドウ球菌が増殖した。

 

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