◇SH1751◇ベトナム:外国仲裁判断の執行制度と実務上の問題点(2) カオ・ミン・ティ(2018/04/06)

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ベトナム:外国仲裁判断の執行制度と実務上の問題点(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 カオ・ミン・ティ

 

 前稿に引き続き、本稿では、ベトナムにおける外国仲裁判断の承認及び執行に際しての実務上の問題点について概説する。

 

2. 実務上の問題点

a. 承認及び執行許可手続

 承認及び執行許可手続の問題点としては、まずベトナムの裁判の一般論として、ベトナムにおける裁判期日は必ずしも公開されておらず、また、裁判例の公表も限定的であるため、手続の透明性及び判断の予測可能性に不安があることが指摘される。

 加えて、承認及び執行許可手続における裁判所の審査においては、裁判所が当該事案の内容を事実上審査した上で、ベトナム法への形式的違反や矛盾を理由に外国仲裁判断を承認しない決定を下すことがありうる点が問題視されている。すなわち、前稿 1. a. のとおり民訴法459条はニューヨーク条約5条をベースに承認執行拒否事由を定めているところ、仲裁判断の承認及び執行が「その国の公の秩序に反すること。」(”The recognition or enforcement of the award would be contrary to the public policy of that country.”)と定めているニューヨーク条約5条2項(b)に対応する民訴法459.2条(b)は、外国仲裁判断の承認及び執行が「ベトナム法の基本原則に反する」こととしている。ベトナム裁判所は「ベトナム法の基本原則」をベトナムの実質的な法に反することと広く解した上で、仲裁判断の対象となった紛争の実体を事実上再審査している可能性があることが指摘されている。たとえば、2003年のホーチミン市上級人民裁判所によるTyco Services Singapore PTE LTD vs. Leighton Contractors VN LTD事件に関する非公式情報によると、ベトナムで実施された建設契約に関しオーストラリアの仲裁廷で自己に有利な仲裁判断を得たTyco社が、ベトナムにおいて承認及び執行の申立てを行った。しかしながら、裁判所は、紛争の実体に事実上踏み込み、当該仲裁判断が依拠していた契約について、ベトナム法上これを履行するために本来必要であった外国請負業者許可証をTyco社が取得しておらず、Tyco社には締結権限がなかった点などをもって、当該外国仲裁判断が「ベトナム法の基本原則に反する」と判断し、これを承認しなかったとされる。

 加えて、裁判手続が長期に及ぶことも問題点である。前稿 1. a. 記載の手続の法定期間のみを合算しても約7ヵ月間を要するが、裁判所は、様々な理由を付して法定期間内に必要な判断をなさず、法定期間を遵守しないことが実務上少なくない。これに加え、承認及び執行の決定は二審制となっており、さらに上訴裁判所は終局的な決定を下さず第一審に事案を差し戻すこともでき、差し戻された場合は、手続全体が振り出しに戻ってしまう(差戻審をさらに上訴することも可能である。)。こうした期間を合算すると、年単位の期間を要することになってしまう。

b. 強制執行の実施

 外国仲裁判断の承認及び執行許可決定後、現に強制執行するためには債務者の資産を特定する必要があるが、これも実務上容易とはいえない。すなわち、ベトナムでは強制執行のために債務者の財産を調査・特定するための制度が十分に整備されておらず、執行機関が債務者に保有財産情報の開示を求めることができる制度(政令62/2015/ND-CP号第9.1条)は存在するものの、債務者が保有資産の情報を偽りなく開示するとは限らないため、債務者が自ら開示をしない場合に財産を特定することは容易ではない。また、不動産に関しては、ベトナムでは全国の不動産をタイムリーかつ統一的に管理する制度が整備されておらず、一部地域には一定のデータベースがあるものの、アップデートの状況は定かでなく、また必ずしも一般に公開されていないため、債務者保有の不動産を特定することも容易ではない。

 こうした事情から、外国仲裁判断の承認及び執行許可の決定を得たとしても、資産の特定ができず、債権の回収が図られないことは少なくないように思われる。

c. 改善の兆し

 上記のような問題点がある一方で、近時のベトナム裁判制度には改善の兆しもみられる。たとえば、2017年より裁判所ホームページでの裁判例の公開が開始され(2018年1月時点で約5万件の裁判例が公開)、また、裁判所による国内仲裁判断の取消事例は近年急減している(国内仲裁判断は承認手続なく執行できる一方で、当事者の申立てにより裁判所は国内仲裁判断の取消をすることが可能であるところ、外国仲裁判断と同様に、国内仲裁判断がベトナム法の基本原則に反する場合は取消可能とされている)。この流れのなかで、外国仲裁判断の承認・執行制度についても改善されていくことに期待したい。

以 上

 

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