企業法務フロンティア
契約英語の基礎(1)
日比谷パーク法律事務所
弁護士 原 秋 彦
1 はじめに
「英文契約書の読み方」という類いの出版物は巷に溢れており、<まずは英文契約書を読み取れるようになりたい>という読者にとっての意味では、本稿も、英文契約書に特有あるいは固有の英語表現についての解説を試みるものには違いない。けれども、紙幅上の制約を考慮し、英文契約書における表現がどのような事情からわかりづらく読みづらいものになっているのかという観点を中心に、筆者が英文契約書を扱う駆け出しの弁護士の頃からその読解・理解のうえで難儀や苦労をした思いのある表現にできるだけ焦点を絞って、読者の参考に供するように試みたい。
2 「契約書」を意味する用語
- contract(契約;契約書):
緩やかな定義によれば、「an enforceable agreement between two or more parties to do or not to do a thing or set of things」(Black’s Law Dictionary, 8th Ed. 342)とあり、「agreement」という用語よりも狭義に用いられると言っていい。
- agreement(契約;契約書;合意事項;合意書):
それに対して、「agreement」という言葉は、例えば「Non-disclosure Agreement (NDA)」(非開示合意書)、「definitive agreement」(確定的契約)というように、「契約書」という意味合いで用いられることもある一方で、「entire agreement」(合意の全て)というように、広義に「合意事項」という意味合いで使われることもある。
- 「memorandum」(「覚書」)という言葉は、「Memorandum of Agreement」(合意覚書)、「Memorandum of Understanding」(了解事項覚書)といった使い方をする言葉で、備忘のための覚書といったニュアンスがあるが、契約書としての拘束力がないという意味合いとは限らない。
- 「undertaking」(「引受事項」):
これは、「Letter of Undertaking」(引受事項書簡;念書)といった使い方をする。両当事者の調印文書というよりは一方当事者による差入れ文書という印象があるが、典型的に言えば、製造請負(受託)業者(contractor)が発注業者から請負業務を引き受ける際の横流し(diversion)の禁止といった付随義務の負担文書という例に見られるように、これまた、契約書としての拘束力がないという意味合いとは限らない。
- 「covenant」(誓約事項):
「コベナント」ではなく、どちらかと言えば、「カヴィナント」と発音し、契約の対価的条件を示す中核的な権利義務条項というよりも、附随的・付帯的(incidental)な義務の引受けについて用いられることが多い条項。例えば、ローンの借り主がその返済義務を負うという中核的な義務条項とは別に、その損益計算書上、返済資力に懸念が生じるような純損失が一定の会計年度について継続して計上されないようにするという義務。それに反する事態が生じたような場合には、「期限の利益」を喪失して期限前の一括返済義務が発生するというような条項(acceleration clause)が適用される。
他方、契約書としての拘束力(binding effect)・強制執行力(enforceability)がない文書という意図で使われることの多い用語として「Letter of Intent」(意向表明書簡)や「Memorandum of Intent」(意向表明覚書)がある。ただ、この関係で注意を要するのは、文書の名称で法的文書の性質が自動的に決まるのではなくて、その文書の記載内容自体がどうなっているかということ。例えば、当該当事者の取締役会による承認決議がない限り当該文書は法的拘束力を有しないと明記されているとすれば、そう解さざるを得ないということになる。
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