「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」、今後の検討の方向性(案)に対する意見募集の結果を公表
アンダーソン・毛利・友常法律事務所*
弁護士・カリフォルニア州弁護士 井 上 乾 介
弁護士 佐々木 公樹
1 はじめに
総務省が事務局を務める「プラットフォームサービスに関する研究会」の下に設置された「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」(以下「本WG」という。)により、「今後の検討の方向性(案)」[1](以下「方向性案」という。)が公表され、2023年6月2日から同月30日までの間、意見募集に付されていた[2]。
今般、意見募集の結果[3]が公表されるとともに、提出された意見について、2023年7月19日から同年8月15日までの間、再意見募集が行われることとになった。再意見募集では、方向性案に修正等は加えられず、方向性案および今般の意見募集結果において公表された意見を対象として、意見が募集されている[4]。
本稿では、意見募集結果で公表された意見のうち主なものを紹介し、どのような意見が出されたのかについて概観していく。
2 今後の検討の方向性(案)についての主な意見
意見募集においては、33件の意見が提出されており、提出者の中には、下記表のとおり、大手のプラットフォーム事業者のほか、経済団体、地方自治体なども含まれている。
出典:前掲注[3]に同じ 3頁
以下では、方向性案の項目ごとに、意見募集で寄せられた主な意見を紹介していく。
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⑴ 誹謗中傷等の違法・有害情報等への対策に関するワーキンググループの開催
- 透明性を確保する上で、利益とリスクのバランスも重要(意見1-1)
⑵ 本WGの検討の背景
- プラットフォーム事業者に誹謗中傷等の情報の削除について「裁判上の法的な手続きと比較して簡易・迅速な対応」を期待することは、プラットフォーム事業者において多くの場合違法性を判断できるという非現実的な前提を置くものであり、問題がある(意見2-1)
- 人格権侵害等と表現の自由との調整を図るのは、本来的には司法の役割であり、プラットフォーム事業者に調整機能を求める方向での検討は妥当でない(意見2-3)
- 被害者にとって裁判手続の利用のハードルが高いことは裁判手続の制度設計の問題であり、プラットフォーム事業者の裁判を受ける権利を否定すべきではない(意見2-4、2-5)
⑶ プラットフォーム事業者の誹謗中傷等を含む情報の流通の低減に係る責務
- 「責務」の内容や位置づけが不明確である(意見3-3)
- プラットフォーム事業者に責務を課すことは、プロバイダ責任制限法の趣旨に反する(意見3-4)。
- 責務の対象となる「プラットフォーム」の定義を明らかにするべき(意見3-11)
- 責務の対象となる事業者の範囲は、必要最低限とすべき(意見3-13、3-15)
- 責務の対象となる情報の範囲が不明確である(意見3-18)
- 責務の対象となる情報の範囲から有害情報は除かれるべきであり、違法情報についても対象を限定すべき(意見3-20、3-23)
⑷ プラットフォーム事業者に対する規律
- プラットフォームがすべてのユーザーの報告を平等に扱い、一定時間内に対応することを義務付けることは、運用上不可能であり、違法または有害なコンテンツの拡散を減らすという目標を達成することはできない(意見4-1)
<対象となる事業者について>
- 海外事業者にも国内事業者と等しく規律が適用されるようにすることには賛成であるが、仮に海外事業者には適用しない(できない)規律があるのであれば、国内事業者に対しても同様とすべきである(意見5-5)
- プラットフォーム事業者に対する規律については、その実効性を確保するために、単に法律で義務を規定するだけでは不十分であり、過料そのほかによる制裁を規定するほか、様々な方法・手段により義務を履行させるための制度設計が必要不可欠である(意見5-7)
<削除指針について>
- 指針の内容等の検討に当たっては、これに該当しない類型の投稿等、抜け道を作ることがないよう、一定の裁量をもって事業者が対応できるよう留意すべきである(意見6-6)
- どのような削除指針を策定するかは、プラットフォーム事業者の裁量の範疇の問題であり、政府等が強制すべき事項ではない(意見6-14)
<申請の手続等について>
- 窓口の所在が明確かつわかりやすいかについては、サービスの内容や、複雑さやデザインに応じて異なるものであり、サービス上もユーザーインターフェースはきわめて重要な要素であるから、それぞれの事業者の合理的な裁量に委ねられるべきである(意見7-3)
- 措置理由の通知が求められる「申請等」は、たとえば「プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会」が公表している「名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン」の参考書式またはこれに準ずる書式による申請に限る等、一定の範囲に限定すべきである(意見8-3)
- 標準処理期間を定めさせることで、事業者に過剰な負担をかけたり、かえって適切な判断の支障となって申請者への不利益が生じる場合も想定されることから、標準処理期間を定めさせることについてはきわめて慎重に検討すべきである(意見9-2)
<運用状況の公表について>
- 悪意ある攻撃者による予防策や対応策の回避を助長する可能性があるため、事業者による違法有害コンテンツヘの対処方法の詳細の大部分は一般公開すべきではない(意見10-1)
- 「公表」の対象となる「運用状況」の内容が不明確であり、事業者が何の情報を開示することが求められるのか不明確である(意見10-2)
<運用結果に対する評価について>
- どの企業も自社の成果を評価すべきではなく、プラットフォームに対する説明責任と信頼を促進するために、プラットフォームのコンテンツモデレーションヘの取り組みは、独立した第三者の評価者によって評価され、検証されるべき(意見11-7)
- 個別の表現における削除の有無の是非については、最終的な判断権者は裁判所であるべきであり、今回の提言に基づき具体的な表現の削除の有無の是非について、外部の評価機関からの評価が行われることは、当事者の裁判を受ける権利に抵触することとなり妥当でない(意見11-13)
<取組状況の共有について>
- 個人情報やプライバシーの問題を考慮した上で、継続的かつ専門的に取組状況の共有が可能な場を検討いただきたい(意見12-2)
- 多種多様なプラットフォームがある中で、各サービスの特色、ユーザーの行動、削除の運用等に関してもそれぞれ異なるスタンスがあり、それらを同一のテーブルの上で横並びに比較することは困難であり、かつ比較するべきではない(意見12-7)
⑸ プラットフォーム事業者が果たすべき積極的な役割(監視、削除請求権、削除要請等)
<個別の違法・有害情報に関する罰則付の削除義務について>
- 事業者にすべての情報について、包括的に監視をさせ、罰則を背景に削除を義務付けることは、事業者の負担という観点からもその実施は現実的ではないとともに、行政によって事業者が検閲を義務付けられ、表現の自由に対して著しい委縮効果をもたらすことは明らかであり、到底容認できるものではない(意見13-1)
<個別の違法・有害情報に関する行政庁からの削除要請について>
- 行政庁からの要請に応じた削除の義務付けについては、利用者の表現の自由の制約のおそれがあることから、慎重になるべきという点に賛成する(意見14-1)
- コンテンツの合法性を判断するのは、主に司法当局やそのほかの関連政府当局であるべきであり、このような判断は、調査能力に限界があり、十分な情報に基づいた判断を下すための情報へのアクセスも限られている民間企業に委託すべきではない(意見14-4)
<違法情報の流通の監視について>
- 行政がプラットフォーム事業者に対して監視を義務付ける場合、行政がプラットフォーム事業者を利用して間接的に検閲を行っていることにほかならない(意見15-1)
- 違法コンテンツの積極的な監視と執行は、プラットフォームにとって自主的なものにとどまるべきであるという作業部会の結論に同意する(意見15-2)
- 繰り返し多数の違法情報を投稿するアカウントの監視やアカウントの停止・凍結等の問題については、一般的な監視義務の問題とは分けて議論されるべきであり、これを同列に扱う本案の考え方には賛成できない(意見16-4)
<権利侵害情報に係る送信防止措置請求権の明文化について>
- 送信防止措置請求権について、権利の濫用や過度な削除が行われる恐れがあることなどを理由に明文化を見送ったことは妥当で、今後検討するとしてもきわめて慎重な議論が必要だと考える(意見18-1)
- 仮に送信防止措置請求権が明文化されたとしても、プラットフォーム事業者において請求権の存否を判断するプロセスが失われるわけではないから、プラットフォーム事業者が削除による発信者側からの損害賠償請求等のリスクを無視して、過度な削除をするという事態は想定し難いといえ、送信防止措置請求権は明文化されるべきである(意見18-5)
<権利侵害性の有無の判断を伴わない削除(いわゆるノーティスアンドテイクダウン)について>
- 濫用的な申請が多数行われ、利用者の表現の事由が侵害されることが懸念される(意見19-1)
<プラットフォーム事業者を支援する第三者機関について>
- 法律の適用における一貫性を確保するため、政府による削除命令を処理するための単一/中央組織を持つことを支持する(意見20-3)
<裁判外紛争解決手続(ADR)について>
- 事業者が自主的にADR機関を設置することも機能し得る(意見21-2)
⑹ その他
- プライベートな1対1のメッセージング・サービスは、ソーシャルメディア・プラットフォームのサービスとは別個に扱われるべきである(意見23-1)
- 炎上事案への対応について、コンテンツが個人の人格権を侵害するかどうかを判断することの複雑さと文脈上の課題を考慮し、慎重な検討が必要であるという、ワーキンググループの意見に同意する(意見25-1)
3 おわりに
今回の意見募集では、規制を受け得る立場であるプラットフォーム事業者側からの意見が複数出されており、示唆に富む意見が見られた。
本WGにおける今後のスケジュールとしては、今回公表された意見募集の結果および再意見募集の結果を踏まえ、本WGにおけるさらなる議論を行うに当たっての「今後の検討の方向性」が策定される予定である。
今回の意見募集結果および再意見募集結果を踏まえて、今後、本WGがどのような検討の方向性を策定するのか注目される。
以 上
[1] https://www.soumu.go.jp/main_content/000884137.pdf
[2] 方向性案の内容については、前回の記事(「SH4510『誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ』、今後の検討の方向性(案)についての意見募集を開始 井上乾介/佐々木公樹(2023/06/22)」を参照されたい。
[3] https://www.soumu.go.jp/main_content/000892661.pdf
[4] https://www.soumu.go.jp/main_content/000892679.pdf
(いのうえ・けんすけ)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所 スペシャル・カウンセル。2004年一橋大学法学部卒業。2007年慶応義塾大学法科大学院卒業。2008年弁護士登録(東京弁護士会)。2016年カリフォルニア大学バークレー校・ロースクール(LLM)修了。2017年カリフォルニア州弁護士登録。著作権法をはじめとする知的財産法、個人情報保護法をはじめとする各国データ保護法を専門とする。
(ささき・こうき)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所アソシエイト。2021年早稲田大学法学部卒業。2022年弁護士登録(第二東京弁護士会)。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 https://www.amt-law.com/
<事務所概要>
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業は、日本における本格的国際法律事務所の草分け的存在からスタートして現在に至る、総合法律事務所である。コーポレート・M&A、ファイナンス、キャピタル・マーケッツ、知的財産、労働、紛争解決、事業再生等、企業活動に関連するあらゆる分野に関して、豊富な実績を有する数多くの専門家を擁している。国内では東京、大阪、名古屋に拠点を有し、海外では北京、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、バンコク、ジャカルタ等のアジア諸国に拠点を有する。
<連絡先>
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* 「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業および弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所を含むグループの総称として使用