SH4704 人的資本経営の実践と情報開示の実務対応 第8回:投資家が果たすべき役割・アクション 堀田陽平(2023/11/27)

組織法務ディスクロージャー経営・コーポレートガバナンス

人的資本経営の実践と情報開示の実務対応
第8回:投資家が果たすべき役割・アクション

日比谷タックス&ロー弁護士法人

弁護士 堀 田 陽 平

 

第2部 人的資本経営の実践
 第8回:投資家が果たすべき役割・アクション

【今回の狙い】

 連載第8回では、「投資家が果たすべき役割・アクション」について解説します。

 「投資家が果たすべき役割・アクション」は、投資家が企業との対話の中で人的資本についてどのような視点で対話すべきかという点を示すものですので、投資家だけでなく対話の相手方である企業にとっても情報開示のための視点を得ることができ、有益です。

 

【今回の主なターゲット】

  • IR部門
  • サステナビリティ部門

 

1 「投資家が果たすべき役割・アクション」の狙い

 人材版伊藤レポートは、企業に対する行動変革を促すものであり、主なターゲットは企業、特に上場企業です。

 それにもかかわらず、敢えて「投資家が果たすべき役割」を明記したのには理由があります。

 まず、本連載第1回、第2回で人的資本政策が前提とする課題、人的資本政策の狙いとして解説したとおり、企業の人的資本の情報開示については、投資家からは「企業が情報開示をしないから対話ができない。」との声がある一方で、企業側からは「投資家が聞いてこないから対話ができない。」という声が聞かれました。そして、企業の人材関連情報について関心を持たない機関投資家も一定数存在していました(下図は本連載第2回で示したものの再掲です。)。

 

(図)機関投資家が考慮する人材関連情報

出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構「企業の人的資産情報の『見える化に関する研究』」
JILPT調査シリーズNo.185(2018)72頁をもとに作成

 

 こうした状況にあったことから、企業側においても人的資本に関する対話、情報開示を促すとともに、投資家側に対しても人的資本に関する対話を促すために、「投資家が果たすべき役割・アクション」を示しました。

 

2 人材版伊藤レポートが示す「投資家が果たすべき役割・アクション」

⑴ 投資家が果たすべき役割・アクション一覧

 上記のような趣旨で「投資家が果たすべき役割」を示したものの、内容的にはそれほど多くはなく、以下の2点のみです。

  1. ① 中長期視点からの建設的対話
  2. ② 企業価値向上につながる人材戦略の「見える化」を踏まえた対話、投資先の選定
⑵ 中長期的視点からの建設的対話

 投資家としては、人的資本が企業価値、もっと言えば株価に反映されないのであれば、これについて対話する必要性を感じないところです。ですが、ESG要因の中で、人的資本を含む「S」(ソーシャル)のレーティングが高い企業の株価パフォーマンスが、TOPIXを6%近く上回ったという調査結果があり、投資家としても人的資本に関して対話することには意義があるといえます。

 

(図)Sレーティング累積超過リターン(単純平均)

出典:第3回 持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 資料2 井口委員提出資料6頁

 

 また、前回の取締役会が果たすべき役割でも述べたとおり、人材戦略の策定・実行による効果は、一朝一夕には発揮されないため、時間軸が重要となります。

 これは、投資家の投資判断の観点からも同様であり、短期的視点ではなく、中長期的視点からの建設的対話が必要になります。

⑶ 企業価値向上につながる人材戦略の「見える化」を踏まえた対話、投資先の選定

 この点は、上記のとおり、そもそも投資家が人的資本についてあまり関心がないという調査結果があったことから、まずもって人的資本についても対話を行い、その上で投資先の選定をすべきである旨を示しています。

 具体的な方策としては、投資家側から、企業の人材戦略に関心があり、経営戦略と人材戦略の連動を重視している旨のメッセージを発信することも重要であるとしています。

 

【取組事例】

  1. ➢ ニッセイアセットマネジメント株式会社では、企業との対話の視点として、人材戦略についても明記。また、新型コロナウイルス感染症が拡大する中、リモートワークなどを活用した企業活動の継続手法など企業価値維持・向上に向けた対応策の開示を求める旨のスチュワードシップ活動の方針についても発信。

出典:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~
(2020年9月)29頁

 

3 対話のポイントと企業側の対応

 人材版伊藤レポートでは、企業と投資家との対話の観点として、以下の点を示しています。

  1. ① 企業のビジョン、存在意義(パーパス)は社員に浸透しているか
  2. ② 人材戦略が経営戦略や新たなビジネスモデルと整合的か。この観点からタレント・マネジメントやタレントプール、人材のリスキル・流動性は十分か
  3. ③ 人材戦略を通して企業価値が創造されているか

 人材版伊藤レポートでは上記のような大枠が示されていますが、より詳細については、経済産業省の価値協創ガイダンスも参照する必要があります。

そして、上記は投資家向けに整理された考え方ではありますが、投資家との対話の相手方である企業としても、これらの観点に加えて人的資本可視化指針も併せて参照し、人的資本の情報開示に対応すると良いでしょう。

 

4 次回について

 今回は投資家が果たすべき役割・アクションについて解説しました。

 次回は、人材版伊藤レポートの一つのアウトプットであるコーポレートガバナンス・コードとの関係について解説します。

第9回につづく

 


(ほった・ようへい)

2016年弁護士登録(第69期。第二東京弁護士会)。2017年鳥飼総合法律事務所入所。
2018年7月現在の事務所へ移籍。2018年10月から経済産業省経済産業政策局産業人材政策室(当時。現在は「課」)に任期付き職員として着任。
経済産業省では、兼業・副業の推進、テレワークの推進、フリーランス政策等の柔軟な働き方に関する政策立案や、人材版伊藤レポートの策定等の人的資本経営の推進に関する政策立案等に従事。経済産業省から帰任後も人的資本経営の実践・開示に関するセミナーや寄稿を行う。

 

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