SH4732 最新実務:スポーツビジネスと企業法務 スタッツデータの法的保護と海外最新紛争事例等(3) 加藤志郎/フェルナンデス中島 マリサ(2023/12/13)

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最新実務:スポーツビジネスと企業法務
スタッツデータの法的保護と海外最新紛争事例等(3)

長島・大野・常松法律事務所
弁護士 加 藤 志 郎

フェルナンデス中島法律事務所
弁護士 フェルナンデス中島 マリサ

 

(承前)

4 スタッツデータに関する選手の権利をめぐる海外の動き

⑴ Project Red Card

 スタッツデータに関する権利の帰属主体等が必ずしも明らかではない中、選手に関するスタッツデータについては選手に一定の権利が認められるべきとして海外で争われている代表例が、Project Red Cardである。

 Project Red Cardとは、2020年から、イングリッシュ・フットボールリーグに所属するカーディフ・シティFCの元監督であるラッセル・スレード氏の指揮の下、850人を超える英国のプロサッカーリーグの現役・元選手らが、ゲーム会社、ブックメーカー、データ事業者等の150社以上の企業に対して、選手のスタッツデータの違法な収集・使用があったとして賠償金の支払を求めている一連の運動をいう[13]

 Project Red Cardに賛同する選手の懸念としては、選手に関するデータにより得られた収益が選手に適切に還元されていないという経済的な側面が主である。もっとも、それに限らず、不正確なデータが流通することにより選手のキャリアに悪影響を与える可能性があることや、選手自身の思想良心に反するデータの利用を防げないこと等、データに関して選手自身のコントロールが適切に及んでいないという点も懸念されている。たとえば、スカウティング・プラットフォームに掲載された選手のデータが誤っていれば、選手は移籍の機会を逃す可能性がある。また、イスラム教では賭け事は禁止されているところ、イスラム教徒の選手が宗教上の理由から自身のスタッツデータがスポーツベッティングに使用されないよう望む場合もあり得る[14]

 選手側の主張の大枠としては、選手のパフォーマンス・データはGDPR第4条に定義される個人データ(personal data)に該当し、GDPRに基づき、その取扱いについては原則として選手の同意が必要とされるところ、その同意が現状適切に得られていない違法状態にあるというものである。また、個人データに該当すれば、選手は、GDPRに基づき、データ管理者に対して、不正確なデータの修正や、取扱いが違法なデータ等の利用制限を求める権利を有しうることになる。

⑵ データの取扱いに関する選手会の動き

 国際プロサッカー選手会(FIFPRO)は、2020年からFIFAとの間で選手データの取扱いの在り方について協議を進め、2022年に選手データの取扱いに関する業界基準として選手データ権利憲章(Charter of Player Data Rights)を公表した[15]。同憲章においては、選手データに関して、GDPRも参考とした、以下の基本的な8つの権利が定められている[16]

 

権利 概要
通知を受ける権利 選手データの処理の目的・法的根拠、選手の権利等に関する通知、並びにそのアップデートを受ける権利
アクセス権 どのようなカテゴリーの選手データが処理されているのかを理解し、そのコピーを入手するアクセスの権利
撤回権 選手データの処理に関する同意をいつでも撤回できる権利
データポータビリティ権 選手データを他のデータ管理者の元に移転する権利
処理を制限する権利 選手データが不正確である等の一定の場合に、選手データの処理の制限を請求する権利
訂正権 不正確な選手データの訂正を求める権利
消去権 選手データの消去を求める権利
異議申立権 選手データの取扱いについて異議を申し立てる権利

 

 さらに、FIFPROは、2023年現在、選手が各リーグ・チームや各国代表戦等のキャリアを通じて自らのデータを管理できるよう、選手データの集中管理システムを開発中である[17]

 サッカー以外の競技でも、データに関する選手の権利について議論が進んでおり、例えば、2022年のロックアウトで話題となったMLBの労働協約の交渉では、選手の生体データの取扱いが1つの争点となり、締結された労働協約では、練習・トレーニングにおいて選手のパフォーマンス評価に使用される生体データについて、球団等がスポーツベッティング運営会社等にライセンスしてはならない旨が明記された[18]

 また、NBAの労働協約においても、チームは、チームの要請により選手が装着したウェアラブル端末から収集されたデータにつき、選手の健康・パフォーマンス関連および戦術的な目的にのみ使用することができ、選手契約の交渉等を含む他のいかなる目的においても使用等してはならないものと定められている[19]

 

5 まとめ

 前述の通り、日本においても、スタッツデータの権利性、帰属主体等が法令上必ずしも明確ではないことから、ライツホルダーとしては、海外の事例等も参考に、関係者間のルール作り等によってその適切な保護を図ることが実務上重要となっている。たとえば、日本国内でも、チーム等がデータ事業者に対してスタッツデータの収集・提供の権利を与える取引は行われているものの、観戦約款等において、そのような権利なく無断でスタッツデータの収集・提供を行う者への対策を規定している例は、まだ少ないように思われる。

 また、スタッツデータに関する選手の権利についても、今後、海外同様に日本でも整理を進める必要があるだろう。これに関しても、法整備を待つのではなく、選手の権利保護を含むスポーツ全体の発展の観点から、各リーグ・チームや選手会等が率先してフェアなルール作りを進めることも期待されるところであり、今後の動向に注目したい。

以 上

 


[13] 近年、クリケットおよびラグビーの選手らもProject Red Cardに加わっている。

[14] 選手自身にとってのスタッツデータの有用性は選手契約の交渉等の場面でも認識されており、たとえば、イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・シティに所属するケヴィン・デ・ブライネ選手は、2021年、同クラブとの再契約の交渉時に、データ分析会社を独自に起用し、クラブにおける同選手のパフォーマンスの重要性等をデータにより分析したレポートを作成させ、それを活用して自らクラブと交渉を行ったことで話題となった。

[15] FIFPRO “Charter of Player Data Rights launched for professional footballers”(2022年9月19日)<https://fifpro.org/en/supporting-players/competitions-innovation-and-growth/player-performance-data/charter-of-player-data-rights-launched-for-professional-footballers/>。なお、当該憲章は自動的に各リーグ・チーム等に適用されるものではなく、あくまで各リーグ・チーム等が自らルール作りをする上での参考という位置付けである。

[16] FIFPRO “PLAYER DATA : MANAGING TECHNOLOGY AND INNOVATION – A PLAYER-CENTRIC RIGHTS PERSPECTIVE”(2022年)10頁。なお、同3頁によれば、総称としての「選手データ(player data)」には、狭義の選手データ、サッカーデータ、イベントデータ、トラッキングデータ、バイオメトリクデータ及びヘルスデータの6つが含まれている。

[17] FIFPRO “FIFPRO, unions commit to create centralised player data management platform”(2023年7月10日)<https://fifpro.org/en/supporting-players/competitions-innovation-and-growth/player-performance-data/fifpro-member-unions-commit-to-create-centralized-player-data-management-platform-for-the-football-industry>

[18] 2022-2026 Basic Agreement ATTACHMENT 61 A.5

[19] COLLECTIVE BARGAINING AGREEMENT JULY 2023 ARTICLE XXII, Section 13 (h)。なお、同条Section 8 (b)では、2023-2024シーズンの終わりまでに、NBAが保有する選手のヘルスデータに選手自身がキャリアを通じてアクセスできる選手用のモバイルアプリを利用可能とすることが定められており、FIFPROの取組みと共通する部分があると思われ、興味深い。

 


(かとう・しろう)

弁護士(日本・カリフォルニア州)。スポーツエージェント、スポンサーシップその他のスポーツビジネス全般、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での代理を含む紛争・不祥事調査等、スポーツ法務を広く取り扱う。その他の取扱分野は、ファイナンス、不動産投資等、企業法務全般。

2011年に長島・大野・常松法律事務所に入所、2017年に米国UCLAにてLL.M.を取得、2017年~2018年にロサンゼルスのスポーツエージェンシーにて勤務。日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者、日本プロ野球選手会公認選手代理人。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

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(ふぇるなんですなかじま・まりさ)

日本語・英語・スペイン語のトライリンガル弁護士(日本)。2018~2022年長島・大野・常松法律事務所所属、2022年7月からはスポーツ・エンターテインメント企業において企業内弁護士を務めながら、フェルナンデス中島法律事務所を開設。ライセンス、スポンサー、NFT、放映権を含むスポーツ・エンタメビジネス全般、スポーツガバナンスやコンプライアンスを含むスポーツ法務、企業法務、ファッション及びアート・ロー等を広く取り扱う。

 

 

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