SH4878 公開買付制度の改正 (金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案) 菅隆浩/稲村将吾(2024/04/03)

組織法務M&A・組織再編(買収防衛含む)

公開買付制度の改正
(金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所*

弁護士 菅   隆 浩

弁護士 稲 村 将 吾

 

1 はじめに

 2024年3月15日、金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案(「本改正案」)が国会に提出された。本改正案には、金融商品取引法を中心として様々な改正事項が含まれているが、本記事では、公開買付けにかかる規制の改正について解説する。

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2 経緯

⑴ 公開買付制度等にかかる法改正については、金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」(座長:神田秀樹 学習院大学大学院法務研究科教授)が、2023年12月25日に報告書(「本WG報告書」)を公表しており、本WG報告書の内容を踏まえて法改正がなされることとされていた。

⑵ 本改正案は、本WG報告書の内容をおおむね踏まえたものと言えるが、(ア)本WG報告書では廃止すべきとの結論には至らなかった急速な買付け等に関する規制[1]が廃止となったことや、(イ)制度を整備することが望ましいとされた事項のうち、法律レベルで手当てがなされると予想されていた事項について改正案上記載がなかったことなど、新たな動きもみられる。

 

3 主要な改正点①:義務的公開買付けに関する代表的な閾値である1/3が30%に

⑴ 本改正案は、義務的公開買付けに関する代表的な閾値であった1/3を30%に変更するものである。1/3という閾値は、株主総会における会社法上の特別決議事項の拒否権に着目し、株券等所有割合の1/3超の株式等の取得等を伴う行為について、支配権に重大な影響を与えることから公開買付けを強制していた。

⑵ しかし、諸外国の規制における水準(英国・ドイツ・フランスは30%)や現実社会における議決権行使割合に鑑み、株主総会の特別決議に関する事実上の拒否権に着目したものであり、大きな政策転換と評価できる。

⑶ 他方で、事実上の拒否権という点を強調すれば、20%後半の議決権比率であっても、特別決議を拒否することが十分に可能な水準であるとも言え、引き続き、「公開買付けが強制される取引類型と、上場会社における拒否権を確保できる水準に至る取引類型とのギャップにどう対応をするのか」という上場会社における課題は残るものと言える。

 

4 主要な改正点②:市場内取引(立会内)についても義務的公開買付けの対象に

⑴ 本改正案は、株券等所有割合の30%超(30%を超える場合に限られず、すでに30%超を所有する場合の追加の買付けも含まれる。)となる市場内取引(立会内)は、適用除外取引に該当しない限り、公開買付けを強制することとしている(「30%ルール(市場内取引(立会内))」)。

⑵ 市場内取引(立会内)については、時間優先・価格優先という競争売買原則の下、透明性や、(支配権移転に伴うプレミアムを特定の者のみが享受するわけではないという観点で)公正性が確保されているという理由で、従来は、急速買付け等の限られた局面でのみ、公開買付けが強制されていた。

⑶ しかしながら、近年は、市場内取引(立会内)を通じた株式の買い集めに関しては、買付者が、いつ、どれだけの株式を、どのような価格で、どのような期間にわたって取得しようとしているのか等の情報開示が十分になされておらず、株式の保有者に対して強い売却圧力(いわゆる「強圧性」)が働きうるという理由で、市場内取引(立会内)についても、公開買付規制を適用するべきであるという主張が強まっていた。

⑷ 本改正案では、東京機械製作所事件判決(東京高裁令和3年11月9日)では、アジア開発キャピタルが市場内取引(立会内)を通じて、短期間で3分の1超の株式を取得した事案について、投資判断に必要な情報・時間が一般株主に十分に与えられていなかった等と指摘」がなされていることを踏まえて、取引の透明性・公正性を確保するために、市場内取引(立会内)であっても、株券等所有割合の30%超となる買付けについては、義務的公開買付けの対象としている。

⑸ 実務上、30%超の株券等所有割合となる買付けのうち、市場内取引(立会内)を用いる場面は、①会社支配権の取得を目的として、市場内取引(立会内)により株券等所有割合の30%超の買付けを目指す行為(上記の東京機械製作所事件)や、②会社支配権の取得を目的とはしないものの、自身が要求する事項を実現するために、市場内取引(立会内)により株券等所有割合の30%超の買付けを目指す行為があったが、これらの行為について公開買付けの実施が求められることとなる。

 

5 主要な改正点③:急速な買付けにかかる義務的公開買付けが廃止へ

⑴ 本改正案により、義務的公開買付けにかかる類型のうち、急速買付けルールにかかる条文が削除となった。そのため、急速買付けルールが廃止となる見込みである。

⑵ 冒頭で記載のとおり、本WG報告書では、急速買付けルールを廃止すべきとの結論には至っていなかったので、本改正案の策定過程において新たに検討が進んだ論点と推察される。上記のとおり、本改正案では30%ルール(市場内取引(立会内))が新たに創設されたことから、急速買付けルールを残す必要性がないのではないかという判断があったものと推察される。

⑶ 急速買付けルールは様々な場面に適用されるものであったため、30%ルール(市場内取引(立会内))が新たに創設された場合であっても、急速買付けルールのカバーされる範囲を完全に包摂しているわけではない。そのため、これまでは公開買付けが求められていた一定の事項について、本改正案により公開買付けが求められないというケースが生じえる(たとえば、市場外取引で株券等所有割合の5%超取得し、その3ヶ月以内に公開買付けを行うことにより株券等所有割合にして10%超を増加させ、その結果、30%超となる場合、先行する5%超の取得行為について公開買付けは不要となる。)。

 

6 その他の改正点

⑴ 他者の公開買付期間中の買付けルールの廃止

 金融商品取引法上、他者の公開買付期間中において、株券等所有割合が1/3を超える者が、5%超の株券等の買付け等を行う場合に、公開買付けを強制するルールがあるが、本改正案により廃止となる見込みである。本ルールは、市場内取引(立会内)のうち、一定の場面において、公開買付けを強制するものだったが、「30%ルール(市場内取引(立会内))」の創設により、その役割を終えたと判断されたものと推察される。

⑵ 公開買付説明書の内容が簡素に

 本改正案では、公開買付説明書に記載するべき事項のうち内閣府令で定める事項について、公開買付届出書を参照すべき旨および公開買付届出書を閲覧するために必要な事項を記載した場合、公開買付説明書に記載されたものとみなすものとされた。また、本改正案では、公開買付届出書の訂正届出書の提出に伴う公開買付説明書の訂正事項分についても、投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なものとして内閣府令で定める場合に該当する場合には、訂正事項分の交付が不要とされた。

 

7 今後の進展

 本改正案では、複数の箇所で「政令で定める」または「内閣府令で定める」という記載が登場する。そのため、本改正案の全体像は、今後の政省令の改正案の公表を待って判明することとなる。

 法律レベルでは、本WG報告書において制度整備が必要であるとされた事項について、改正を見送ったのかどうかは必ずしも明らかではないので、公開買付制度の改正に関しては、今後の政省令の内容を注視する必要がある。

 

以上

 


[1] ①3か月以内に、株券等の総数の10%超の株券等の取得を行い、②①の取得のうち、株券等の総数の5%超の株券等の取得が、市場外取引または立会外取引(公開買付けおよび適用除外買付け等を除く。)によるものである場合であって、③取得の後における株券等所有割合が3分の1超となるときには、その中に含まれる株券等の買付け等は公開買付けによらなければならないという規制を指す。

 

(すが・たかひろ)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業スペシャル・カウンセル。2009年 京都大学法科大学院卒業。2010年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2014年7月~2015年6月 外資系証券会社投資銀行本部出向勤務。2016年8月~2017年5月米国University of California, Berkeley, School of Law (LL.M.)へ留学。

 

(いなむら・しょうご)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所アソシエイト。2014年創価大学法学部卒業。2017年東京大学法科大学院卒業。2019年弁護士登録(第二東京弁護士会)。

 

<事務所概要>
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業は、日本における本格的国際法律事務所の草分け的存在からスタートして現在に至る、総合法律事務所である。コーポレート・M&A、ファイナンス、キャピタル・マーケッツ、知的財産、労働、紛争解決、事業再生等、企業活動に関連するあらゆる分野に関して、豊富な実績を有する数多くの専門家を擁している。国内では東京、大阪、名古屋に拠点を有し、海外では北京、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、バンコク、ジャカルタ等のアジア諸国に拠点を有する。

<連絡先>
〒100-8136 東京都千代田区大手町1-1-1 大手町パークビルディング

 


* 「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業および弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所を含むグループの総称として使用

 

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