美容医療技術に関する特許侵害事件における第三者意見募集
アンダーソン・毛利・友常法律事務所*
弁護士・弁理士 後 藤 未 来
弁護士 清 水 ゆうか
1 はじめに
医療関連分野における特許制度の在り方をめぐっては、近時の先端医療技術の発展も相まって、多くの課題提起や議論が行われてきた。このような中、美容医療技術に関する特許権侵害訴訟事件(以下「本件事件」という。)において、第三者意見募集(以下「本件第三者意見募集」という。)が実施されることとなった[1](募集期間は本年9月6日までである)。本件事件の原告は、発明の名称を「皮下組織および皮下脂肪組織増加促進用組成物」とする特許第5186050号の特許権者であり、被告は形成外科医院(以下「本件医院」という。)を営む医師である。原告は、被告が本件医院において行う血液豊胸手術につき本件特許権侵害に当たるとして損害賠償を請求した。原審(東京地裁)は特許権侵害を否定して請求を棄却し、原告が控訴した。
知財高裁による意見募集事項の概要(一部略)は下表のとおりである。
(募集事項1) |
本件特許は、「産業上利用することができない発明」(特許法29条1項柱書)についてされたものとして、特許無効審判により無効とされるべきものか。 |
(募集事項2) |
本件発明は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」(特許法69条3項)に当たるか。 |
(募集事項3) |
略(後述) |
第三者意見募集制度は、令和3年の特許法改正に伴い新設された制度で、証拠収集方法として、当該事件に関連する特定の事項につき、諸外国を含む広く一般の第三者から意見を募るものである(特許法105条ノ2ノ11)[2]。第三者意見募集が実施されるのは、本件で2件目であるが、医療分野においては本件が初であり、その観点からも注目される。
以下では、本件第三者意見募集の内容・背景等につき概観する。
2 本件事件の概要
本件特許の請求項1にかかる発明の内容は次のとおりである。
【請求項1】 | 自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする皮下組織増加促進用組成物。 |
特許権者である原告(控訴人)は、被告(被控訴人)による以下の各行為が本件発明の実施(生産)に当たると主張した。
被疑侵害行為 |
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本件事件の原審では、以下6つの事項が争われた。
(争点1) | 被控訴人は、「無細胞プラズマジェル」のほか、塩基性線維芽細胞増殖因子であるトラフェルミンと脂肪乳剤であるイントラリポスを調合した薬剤(構成要件A)を製造したか |
(争点2) | 被控訴人が製造した薬剤に自己由来の「血漿」(構成要件A)が含まれているか |
(争点3) | 被控訴人による薬剤の製造は医療行為に該当しないか |
(争点4) | 損害 |
(争点5) | 本件発明は産業上利用することができる発明に該当せず、本件特許には無効とすべき事由があるか |
(争点6) | サポート要件を欠くため、本件特許には無効とすべき事由があるか |
(争点7) | 被控訴人による令和2年11月までの施術における薬剤の製造が、試験研究に当たるか |
原審は、上記争点1について、各証拠からは被告が構成要件Aに該当する成分を同時に含む薬剤を調合して製造していたことを認めるに足りないとし、その余の争点を判断することなく、原告の請求を棄却した。
3 本件第三者意見募集の対象事項
本件第三者意見募集では、以下の各事項が意見募集の対象となっている。
(募集事項1) | 本件特許は、「産業上利用することができない発明」(特許法29条1項柱書)についてされたものとして、特許無効審判により無効とされるべきものか。 |
(募集事項2) | 本件発明は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」(特許法69条3項)に当たるか。 |
(募集事項3) | 上記2(3)の①ないし③が、それぞれ本件発明の「自己由来の血漿」、「塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)」及び「脂肪乳剤」に当たると仮定した場合において、
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4 本件第三者意見募集に関連する議論状況等
⑴ 医療関連発明と特許権付与
本件発明は、皮下組織および皮下脂肪組織増加促進用組成物にかかる美容医療技術に関するものであるが、大きくは医療関連発明の一種ともいえる。
医療関連発明に対する特許権付与の運用について、わが国では、医療関連発明のうち医療機器や医薬の発明は「物」の発明として特許対象となる。他方、「人間を手術、治療又は診断する方法(医療方法)」の発明は、特許法上明文の規定は存在しないものの、特許法29条柱書に規定する「産業上利用することができる発明」に該当しないと解されてきた。かかる解釈は、医学研究は営利目的で行うべきでなく研究開発競争に馴染まないという研究開発政策的理由、および、患者たる国民の生命や健康に直結するといった医療の特質に配慮すべきという人道的・公共利益的理由に基づく[3]。
上記解釈は、東京高判平成14年4月11日においても採用された。他方、同判決は、「医薬や医療機器に係る技術のみならず、医療行為自体に係る技術についても『産業上利用することのできる発明』に該当するものとして特許性を認めるべきとする立場には、傾聴に値するものがある」とも判示していた。
同判決から20年以上が経過し、その間の医療関連技術やこれにかかるビジネスの発展・多様化も踏まえると、本件第三者意見募集を通じ、医療関連発明に対する特許権付与に関する議論の進展が期待される。
出典: 知的財産戦略本部 医療関連行為の特許保護の在り方に関する専門調査会
「医療関連行為の特許保護の在り方について(とりまとめ)」(首相官邸、2004年11月22日)[4]4頁
⑵ 医薬の混合と特許権侵害
ア 特許法69条3項
特許法69条3項は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。」と規定する。本項は、昭和50年特許法改正によって、新たに医薬や医薬の混合方法の発明についても特許が与えられることになったことに伴い設けられた規定である。調剤行為は医師または歯科医師が交付する処方箋によって行われるべきものであるところ、調剤行為を行う者は当該処方箋に従うほかない。また、処方箋を交付する医師等は、当該患者の病状に最も適切な医薬を選択し、調剤を指示するが、その際都度当該混合方法が特許権侵害になるかを確認することは困難であり、国民の健康の回復という重要な公共の利益の実現を阻害する原因になりかねない。本項はそのような問題意識のもと、規定されるに至った[5]。
本項の要件を満たす限りにおいては当該行為に特許権の効力が及ばないこととなるところ、本件事件では、そもそも本件発明が本項の定める「医薬の発明」に該当するか、また該当するとして本項のほかの要件を満たすかが問題となる。
本項の解釈は、今後の医薬品の発展にも少なからず影響を与えるものと考えられることから、その判断には慎重さが要されるといえよう。
イ 生体内での医薬混合の「生産」該当性
特許法102条2号の「生産」の定義を判示したドクターブレード事件(東京地判平成14・5・15判時1794号125頁)では、「『生産』とは、『発明の構成要件を充足しない物』を素材として『発明の構成要件のすべてを充足する物』を新たに作り出す行為をいう」とされた。さらに同判決の考えを医薬の組合せに係る特許の事例に当てはめた大阪地判平成24・9・27では、「異なる医薬を単に併用する行為は、それらの医薬を『組み合わせてなる医薬』の『生産』には当たらない」とされた[6]。
本件事件は、「生産」該当性という観点からすれば、これらの判例の延長とも位置づけられ得るところ、被告(被控訴人)の手術によって被施術者の体内で薬剤が混合されるに至った場合の、特許権侵害にかかる判断およびその理由付けも注目に値する。
以 上
[1] https://www.ip.courts.go.jp/vc-files/ip/2024/boshuuyoukou.pdf
[2] なお、第三者から提出された意見書はそのまま証拠として採用されるわけではなく、当事者が、当該意見書を閲覧・謄写した上で(特許法105条ノ2ノ11第3項)、それらを書証として提出することで初めて裁判所により採否決定がされる(本条1項、2項)。
[3] 知的財産戦略本部 知的財産による競争力強化専門調査会 先端医療特許検討委員会「先端医療分野における特許保護の在り方について」(首相官邸、2009年5月29日)https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kyousou/houkoku/090529/090529_tokkyohogo.pdf
[4] https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/iryou/torimatome.pdf
[5] 中山信弘=小泉直樹編『新・注解 特許法〔第2版〕中巻』(青林書院、2017)1187、1188頁
[6] 小泉直樹「知財判例速報 医薬品の組合せ特許の間接侵害」ジュリ1448号(2012)6頁
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(ごとう・みき)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー、弁護士・ニューヨーク州弁護士。理学・工学のバックグラウンドを有し、知的財産や各種テクノロジー(IT、データ、エレクトロニクス、ヘルスケア等)、ゲーム等のエンタテインメントに関わる案件を幅広く取り扱っている。ALB Asia Super 50 TMT Lawyers(2021、2022)、Chambers Global(IP分野)ほか選出多数。AIPPIトレードシークレット常設委員会副議長、日本ライセンス協会理事。
(しみず・ゆうか)
アンダーソン・毛利・友常法律事務所アソシエイト。2022年慶應義塾大学法学部卒業。2023年弁護士登録(第一東京弁護士会)。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 https://www.amt-law.com/
<事務所概要>
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