SH3648 国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第12回 第1章・幹となる権利義務(2)――代金支払義務 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2021/06/03)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第12回 第1章・幹となる権利義務(2)――代金支払義務

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第12回 第1章・幹となる権利義務(2)――代金支払義務

1 Red Book

 今回からは、「幹」となる権利義務のうち、Employerの義務である代金支払義務について解説する。

 この点に関するFIDIC Red Bookの基本的な考え方は、Bill of Quantities(BQ)精算であり、概括的に言えば、Contractorは、作業をしただけ支払ってもらえるということである。具体的には、支払請求の対象となる作業につき、BQで定められた工種単価に出来高数量を掛け合わせて合計金額を算定する(12.1、12.3、14.1項)。

 支払いの手続は、中間支払い(Interim Payment)か最終支払い(Final Payment)かによって異なるが、工事継続中の中間支払いは、基本的には毎月払いである(14.3、14.6、14.7項)。

 BQ精算は、日本の請負契約の考え方とは大きく異なっている。日本の民法の定めは、「請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生じる」というものであり(民法632条)、作業量ではなく、最終的な仕事の結果に対して代金を支払うことになっている。作業量に応じた代金支払いというのは、日本の契約類型でいえば、準委任契約(法律行為ではない事務の委託、民法656条)の考え方である。

 

2 Yellow Book及びSilver Book

 これに対し、Yellow BookおよびSilver Bookの基本的な考え方は、lump sumである(Yellow Book14.1項、Silver Book14.1項)。これは、日本の請負契約の考え方と同様のものであり、仕事の結果に対して、固定の代金を支払うというものである。実務的には、Schedule of Payments(14.4項)に従って、工事の作業工程が一定の区切り(milestones)に到達するたび、代金のうちの一定割合を支払うという、分割払いの方式がよく用いられている。たとえば、プロジェクトが複数の建物を含むものであれば、1軒完成するごとに代金の何割かを支払う、といった形で定められることがある。

 BQ精算との主な差異は、作業量増加リスクの負担の所在にある。BQ精算であれば、作業量が増えた場合には、代金が増えることになるため、リスクはEmployerが負担する。これに対し、lump sumの場合には、作業量が増えたとしても、原則として代金が増えないため、Contractorが同じ代金でより多くの作業を行う結果となるから、リスクはContractorが負担する。

 これは、Contractorが設計を行うYellow BookおよびSilver Bookのもとでは、Employerが設計を行うRed Bookとは異なり、EmployerがContractorの作業量に対して影響を及ぼし難い建付けになっているためであると考えられる。つまり、Employerが影響を及ぼすことができない中で、Contractorが作業量を増やし、代金額を増額させることは不合理であるとの発想をもとに、BQ精算ではなく、lump sumを採用していると考えられる。ただし、実務上は、Contractorが設計を行うdesign-buildの契約であっても、Employerが図面等を細かくチェックし、設計に対するコントロールを及ぼそうとする例も見受けられるため、Contractorは常に自らの作業量をモニタリングし、代金額との関係で作業が過大になっていないか確認しておくのが賢明といえよう。

 もっとも、Yellow BookおよびSilver Bookにおいても、代金額を完全に固定するというものではなく、代金の増減の可能性があることは明示されている(Yellow Book14.1項、Silver Book14.1項)。たとえば、工事の内容がEmployerによるVariationで変更され、Contractorが増加費用を負担した場合には、Yellow BookおよびSilver Bookのもとでも、かかる増加費用はEmployerに請求できる可能性があることが前提となっている(Yellow Book13.3.1項、Silver Book13.3.1項)。また、Yellow Bookのもとでは、Employer’s Requirementsに誤りがあったことによってContractorが追加費用を負担した場合、通知要件を満たせば、ContractorはEmployerに対して当該費用の補償を求めることができる(Yellow Book1.9項)。

 最終的な結果に対する支払いを前提とする日本の請負契約においても、実際のところ、作業量が増えた場合に、設計変更として代金額を増額することは珍しくない。仮に、契約上は増加分の代金を請求できない建付けになっていたとしても(すなわち、受注者が作業量増加リスクを負担する内容の契約だったとしても)、実務上は、発注者が一定の調整を行うことに同意し、バランスがとられる場合が多いということである。

 

3 代金の支払いを確保するための条項

 多額の費用をかけて工事等を行うContractorにとっては、Employerに代金を支払う能力があるか否かは重大な関心事である。特に、支払いの完了までに数年を要するような建設契約においては、代金が期限どおりに支払われることを確保し、支払いの遅延や不払いについての対処方法を決めておくことが重要となる。

 FIDICは、かかる観点からの条項をいくつか設けている。たとえば、2.4項は、Employerが支払義務を果たすための財政手段(自己資金、ローン等)を、契約の一部となるContract Dataにおいて明らかにする必要があると定めている。また、かかる財政手段について、支払義務の履行の可否に影響するような変更を加えようとする場合には、Employerは、同項に基づき、ただちにContractorに通知しなければならない。

 また、代金支払いが遅延した場合または不払いがあった場合には、14.8項でfinancing chargesと呼ばれる利息の支払いを請求できることとされている。Financing changesの請求にはEmployerやEngineerに対する通知やStatementを要しない(すなわち、中間支払いなどに比べて簡便な手続で請求できる)ため、Contractorにとっては使い勝手のよい措置となっている。

 支払遅延や不払いに対するさらに踏み込んだ措置としては、Employerに所定の通知をした上で、工事を中断するか作業の進捗を遅らせること(16.1項)や、契約を解除すること(16.2項)も、選択肢として定められている。

 現実には、FIDICを用いるような大規模プロジェクトには公的資金が投入されていることが多く、Employerの代金支払能力に疑義が生じる場面はほとんどない(例外的に、Public Private Partnership等によるプロジェクトにおいて、資金調達スキームが途中で大きく変わったような場合には、Employerの通知義務が実質的な意味を持つことがある)。ただし、自己資金でプロジェクトを発注するEmployerが、FIDICをベースにした契約をContractorに提示することはあり得る。その場合、Contractorの観点からは、上記のような代金支払確保のための条項が削除されていないか、またはContractorの不利に変更されていないかを確認することが推奨される。

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