国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第39回 第8章・Suspensionとtermination(2)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第39回 第8章・Suspensionとtermination(2)
3 Contractorの主導によるsuspension
⑴ 要件
第12回等で述べたとおり、建設契約におけるEmployerの主な義務(幹となる義務)は代金支払義務であるところ、Employerがこれを怠った場合でも、Contractorが自ら費用を投じて工事等を続けなければならないとするのは、公平とは言い難い。このような不公平に対処する方策としては、契約どおり代金が支払われなければ、Contractorに工事等を中断する選択肢を与えることが考えられる。
FIDICの16.1項は、上記の考え方に即した規定となっている。具体的には、次のような事由が生じ、かつ、それがEmployerの重大な契約義務違反となる場合に、ContractorはEmployerに対して21日前に通知することにより、工事等を中断するか、進捗を遅らせることができる。
- ▶ Engineerが14.6項に従って中間支払の金額を認定しなかった場合(この点、Silver BookではEngineerが存在せず、Engineerによる認定システムもないため、Contractorの工事等の中断を認める根拠事由に含まれていない。しかし、Silver Bookでも、Employerは14.6項に従って中間支払の通知を出すこととされており、本質的には同じシステムが採用されていると解釈し得る。Engineerの存否という形式的な相違点のみで、中間支払に関するEmployer側の懈怠をsuspensionの根拠事由に含めるか否かを変えることの合理性には、疑問があると言えよう)
- ▶ Employerが、2.4項に従って、工事代金を支払えるだけの資金力があることを示す証拠を提供できなかった場合
- ▶ Employerが14.7項に従って支払いを行わなかった場合
- ▶ Employerが、3.7項のもとで行われた拘束力のある合意または決定に従わなかった場合
- ▶ Employerが、21.4項のもとで下されたDAABの決定に従わなかった場合(2017年版のRainbow Suitesで追加された事由であり、DAAB(旧DAB)の決定の執行力を高めるための改正点と推察される)
注意が必要なのは、Contractorが16.1項に基づいて工事等を中断するためには、上記の事由のいずれかが発生したことに加え、それがEmployerによる重大な契約義務違反であることを証明しなければならない点である。何が「重大な契約義務違反」と言えるかは解釈問題であるため、Contractorにとっての不確定要素となる。つまり、Employerが「確かに支払いは行わなかったが、やむを得ない事情があったので重大な契約義務違反ではない」などの主張を行った場合には、工事等の中断が認められるかに疑義が生じ得る。このような不確定要素を、上記の根拠事由のすべてについて設けることが合理的かは、議論の余地がある。すなわち、たとえばEmployerがDAABの決定に違反することは、それ自体で「重大な契約義務違反」と評価するのが相応しい事由と言えないか、今後のFIDIC書式の改定にあたって検討されるべきであるように思われる。
⑵ 効果
上記 ⑴ の要件が満たされる場合には、Contractorは、Employerが16.1項に基づく通知に記載された契約違反を是正するまで、工事等の中断(または進捗を遅らせること)を継続することができる。そして、工事等を中断した(または進捗を遅らせた)ことにより、工期の遅延が生じたり、Contractorがコストを負担したりした場合には、Contractorは、20.2項に従って、EOTやCostおよびProfitの支払いを請求できる。
なお、Contractorが、Employerによる違反に対して、工事等の中断や進捗の遅れという手段を取ったことは、Contractorが遅延利息(financing charge)を請求したり、後述の16.2項に基づく契約解除を行ったりすることを妨げないとされている(すなわち、工事等を中断したうえで遅延利息を請求してもよいし、16.2項の要件が満たされる場合には解除をしてもよい)。ただし、Contractorが16.2項に従って解除通知を発する前にEmployerが違反を是正した場合には、Contractorは、合理的に可能な限り速やかに工事等を再開し、通常の進捗度合いに戻さなければならない。
⑶ Employer主導のsuspensionとの違い――危機的状況におけるsuspension
前回述べたとおり、Employerの主導によるsuspensionには厳格な要件がなく、基本的にはいかなる理由でも工事等の中断を指示することができることになっている。したがって、COVID-19のような疫病の感染拡大を防ぐ必要があることや、サイトのある国での内乱により工事の続行が危険であることを理由として、工事等の中断を指示することも可能である。
これに対し、Contractorは、疫病の感染拡大リスクや内乱による危険等があっても、上記 ⑴ の要件が満たされなければ工事等を中断することができず、勝手に中断した場合には契約違反の責任を問われることとなる。したがって、そのような危機的状況でEmployerが工事等の中断を指示してくれない場合、Contractorは非常に難しい立場に置かれることとなる。実際に、東南アジアの国での内乱やCOVID-19により工事等が安全に行えない状態になっても、中断の指示を出し渋ったEmployerは少なくなかったようである。こうした場合、FIDICのもとで、Contractorが契約違反をせずに工事等を中断するためには、Employerに根気よく掛け合ってsuspensionの指示を出してもらったり、Value Engineeringの仕組みを活用したりして、中断の正当化根拠を得る必要がある。